「ユリウスサマ、カレンが女冒険者の湯浴み場を見に行くっていうんで俺は護衛でついていくが、ユリウスサマも来るかい?」
セプルがユリウスを遠ざけるために口にしたでまかせであることは理解しつつも、カレンは反射的にユリウスに白い眼差しを向けていた。
万が一にもついてくるなどと口にしないでくれという、カレンの願いはユリウスに浴びせるように伝わっただろう。
カレンに瞬発的に芽生えた卓越した演技力の成せる技である。
「私は遠慮するよ。セプルも遠慮した方がいいのでは?」
「俺はカレンちゃんの護衛だからなぁ」
セプルがヘラヘラ笑いながら言うと、カレンを森の奥に案内していく。
ギュンターも同行しているが、ユリウスは疑問に思わなかったようである。
遅ればせながら心苦しさを覚えつつ、カレンはギュンターについていく。
ユリウスに隠し事をしないといけないのは、成りかけ冒険者の説得が失敗した場合だ。
要は、成功させればいいのである。
「ギュンターさん! その、血みどろの冒険者さんのことを教えてもらっていいですか? 名前とか、年齢とか、どんな人なのかとか! 説得のためには情報が必要だと思うんですよっ!」
「鮮血の雷な。あと、情報はない」
「ないことはないでしょう」
「ないんだよ。高ランク冒険者の情報はギルドが徹底的に秘匿するし、本人も周囲の人間も口を閉ざす。敵が多くなるんで郷里に家族がいると知られれば狙われるし、周囲の人間も命が惜しいから決して言わない……だが、セプル。おまえ、鮮血の雷の情報、握ってるだろ?」
「セプルおじさん? 知ってることがあるなら教えてよ!」
「ここまでの前置きを聞いていてそれを聞くかい? カレンちゃん。俺だって命は惜しいぜ」
「そっかぁ」
さすがにセプルに命をかけて成りかけ冒険者と敵対させるようなことはさせられないか、とカレンもすぐに引き下がった。
「正直、言ってもいいような気もするんだが、結構時間も経ってるし、判断が付かなくってなぁ」
「うん? どういう意味?」
「俺にもわからねえのよ。成りかけてるあいつがどう変わっちまったのか、今のあいつがどう思うのか――だから、カレンちゃんに直接会ってもらうしかない」
カレンはセプルの言葉に目を丸くしつつ、ほんの少し歩みを速めた。
だが森を抜けた途端に圧力が襲いかかってきて、カレンははたと足を止めた。
その圧は、魔力を使い切った時にこの世界で感じるそれと似ていた。
圧力がすごくて、カレンは顔を上げるのも辛くてうなだれた。
「カレンちゃん、無理はすんなよ。Dランクの魔力量には辛い魔力圧だろ」
「今の魔力量はCランクだから、大丈夫」
やせ我慢だった。今のカレンの体は魔力で満ちているのに、息苦しいほど重かった。
この場にいる十数人の人々から発せられているだなんて、信じられないくらい。
そう言ってカレンがなんとか顔を上げた先にいるセプルも、だらだらと冷や汗をかいている。
「またお貴族様のために命乞いに来たのかしら? ギュンター」
「人聞きが悪い言い方はよしてくれ。世話になった冒険者ギルドに義理を果たすために来たんだ」
ギュンターはさすがCランクの冒険者なだけあって、表向きには涼しい顔をしていた。
話しかけてきた色っぽい女の人は、カレンにもにっこりと微笑みかけてくる。
「悪いけどうちのリーダーがキレちゃってねえ。できるだけ苦しい死に方をさせるために、そのためにすぐに殺すのはやめましょうって言い聞かせるので精一杯よぉ。始末を諦めさせるなんてムリムリ」
「それだけでも助かった」
森の奥の大きな木に吊されているのは、遠目には蓑虫にしか見えないものの、まだ生きている近衛騎士であるらしい。
その傍らには、切り株に座って蓑虫たちをじっと見上げる男の姿がある。
「今はどうやって殺したら一番苦しませて殺せるかを悩んでいるだけで、リーダーが心を決めたら止めようがないわよぉ。あなたが連れてきたその子に、何かできるの?」
「万能薬を作れる錬金術師だ。万能薬が入り用になる悩み事があるんなら、交渉できるかと思って連れてきた」
「あら、凄腕なのね! でもムリだと思うわよ? ……お嬢さん、聞いてる?」
カレンはギュンターを追い越して、冒険者たちの間をぬって歩いていく。
その異様な圧力を発する人々の最奥に、木から吊された男たちとその男たちに刃物を突きつける、橙色の髪をした青年がいた。
カレンの歩みは次第に早足になり、やがて駆け出した。
「トール!!」
「えっ、ねーちゃん!?」
「とぅっ」
力持ちの弟なら簡単に受け止めてくれると信じ切ってカレンが飛びつくのを、トールは刃物を投げ捨てて難なく受け止めた。
「ねーちゃん! なんでここにいんの!?」
「トールこそっ! いるならいるって言ってよ!! すっごく会いたかったんだよ!!」
「ごめんごめん。でっかくなったところを見せたかったからさ。もう少ししたら家に帰ろうって思ってたんだぜ? ホント、マジ!」
「確かに、しばらく見ないうちにこんなに大きくなっちゃってっ!!」
「背丈も確かに伸びたけど、背丈のことだけじゃないんだけどなあ」
カレンは抱きついたまま、嬉し涙を浮かべて橙色の髪をわしゃわしゃと撫でた。
トールは照れくさそうに笑った。
そこにいたのはカレンの弟のトール。
三年前、十四歳の時に冒険者になり、どんどん家に戻ってくるのが間遠になっていき、一年と半年ぐらい前から全然帰ってこなくなり便りも寄越さなかったが元気でいるのは確かだった、カレンのたった一人の家族だった。