「ホルストがあまりに無力に見えるため、王都のダンジョンに害を成した首謀者が他にいるとみなされる時、前伯爵派の中でも有力な我が家は真っ先に疑われることとなるでしょう」
「それは……」
オティーリエは人の目を避けて集まっていた令嬢たちの中でも中心的な人物に見えた。
それだけ、有力な家柄なのは確かなのだろう。
率先して恭順を示さなければならないほど、ホルストに影響を与えられる位置にいる存在だと自覚があるのだ。
だが、実際にカレンが目の当たりにしたホルストから受けた印象はそうではなかった。
彼ら魔力の少ない者たちが、血のにじむような必死の努力の末に、自分たちだけであの状況までこぎ着けたのだとカレンは感じた。
むしろ彼らはその矜持のために、魔力持ちの手など借りなかっただろう。
彼らのことなど何も知らないカレンですら、そう思った。
それなのに、彼らは彼らの魔力の少なさのせいで、国家を揺るがす邪悪な陰謀を企てたという悪名さえ我が物にできないらしい。
「わたくしがエーレルト伯爵家に助けを求めても助けていただけることはないでしょう。わたくしたちが疑われる時、此度の事件にエーレルト伯爵家までもが関わっているとも疑われかねません。ですが、ダンジョンの異変を食い止めた張本人であるカレン様であれば、疑われることはございません」
だからカレンだけがほとんど魔力を持たない子どもたちを助けられる。
手放しで彼らの味方をしてやれる。
誰かに、魔力を持たない者たちへの同情心から反逆への加担を疑われたとしても、言い逃れることができる。
カレンこそが、彼らの希望を打ち砕いた当事者だからだ。
その事実は、他でもないこの国の第一王女、ヴァルトリーデが保証してくれる。
なので助けようとカレンが望めば、オティーリエだって助けてあげられるだろう。
「ベル家は確かに前伯爵派でしたが、それは当家が領地に小規模ながらダンジョンを抱えているために、強さを信奉しているからです。失礼ながら、現伯爵様はお体の弱っていらしたジーク様だけにかまけ、エーレルト領を蔑ろにしていらっしゃるようにしか見えず、ゆえに失望していたのです。そのために、同派閥にはおりましたが決してホルストに仕えていたわけではございません」
カレンの感覚では、ジークのためにすべてをなげうつヘルフリートを好ましく思う。
だが、貴族として、領主として、それが褒められたことかと言えばそうではないこともまたわかるし、反感を持つ貴族たちの気持ちもわかる。
彼らは多かれ少なかれ、国を、領地を守るために覚悟を決めている人々だと、カレンもすでに知っている。
オティーリエは深く頭を下げた。
「お助けいただけるのであれば、魔法使いギルドにおけるBランク魔法使い相当の実力があると認められたわたくしの力を、カレン様のために使いますわ」
「ありがたいお言葉ではありますが……」
言葉を尽くしてもなお気乗りしない様子のカレンに、オティーリエは訊ねた。
「一体、わたくしに何が足りないのか、どのような試練を乗りこえればカレン様のお側に侍ることができるのか、お聞かせいただけませんか?」
「オティーリエ様からすればしょうもない理由ですので、言いづらくて……」
「どのような理由であれ、真摯に受け止めさせていただきますわ」
眠たげな目を見開き、あまりに切実なオティーリエ。
その必死さに、カレンが申し訳なくなってくるほどである。
だが、カレンは意思を変えるつもりはない。
さすがに理由を黙っているのは心苦しく、カレンはぼそりと呟くように告げた。
「ユリウス様の妻になろうとした女性が近くにいるのが嫌なんです」
「……まあ、なんてこと」
オティーリエは口許に手を当ててぽかんとする。
たったそれだけのことで助けを拒んでいるのかと、内心は呆れてカレンを責めているかもしれない。
だが、オティーリエはそこで口を噤んでそれ以上は言わなかった。
つまり、オティーリエの初動は完全に間違っていた。
ユリウスの妻になろうとした時点で、カレンの心のシャッターは完全に降りている。
確かにオティーリエには反逆の汚名から逃れたいという理由があり、彼女の目的はユリウスではない。
だが、そこからどう言い訳を連ねられたところで、まず初手でユリウスに近づこうとしたという過去は消えないのだ。
末席の妻は、実質的には妻ではないらしい。
とはいえ、間違いなく実質的な妻として扱われている者もいるだろう。
ユリウスがその気になりさえすればいつでも手を出せる存在になろうとした。
それは、ほとんど色仕掛けである。
オティーリエにその気がなくとも、ユリウスにその気がなくともだ。
この事実がカレンにとっては断固として受け入れがたい。
「あなた、そんなことで末席の妻の申し出はおろか、貴族としての矜持を投げ捨ててると言ってもいい、年季労働者の申し出すら断ってるわけ……?」
オティーリエ本人の代わりに、話を聞いていたペトラがドン引き顔で言う。
「わたしにとっては重要なんですっ!」
「それなのに、私はあなたの案内人をしていてもいいわけ?」
カレンはきょとんとペトラを見た。
気まずそうな顔をしているペトラを見て、しばらくしてからやっと思い出す。
「ああ、前にペトラ様もユリウス様にきゃぴきゃぴしてましたね」
「きゃぴって何よ!」
「ペトラ様はいいですよ。もうユリウス様に興味がないどころか苦手なのが伝わってきますから」
今もペトラは毛を逆立てた猫のように、カレンを挟んでユリウスの対角線上に陣取っている。
「私にはカレンの気持ちがよくわかるよ」
「ユリウス様」
ユリウスはカレンの肩に手を置いて、オティーリエを見下ろして言う。
「私もカレンの夫になろうとした男がカレンの側に侍るのはどんな理由があれ不快だ」
輝く金色の目のはずなのに、何故か暗い目つきに見える眼差しでユリウスは言う。
よほど嫌なのか、カレンの肩に置いたユリウスの手に力がこもっていく。
「カレンの夫になろうとせずとも、ただ心に秘めたカレンへの思いを抱える男ですら、カレンの側に置いておきたくはないのだ。カレンが君を側に置きたくないという気持ちは理解できるし、最大限に尊重するつもりでいる」
ユリウスは付け加えるように言う。
「貴族の道理よりも優先するつもりだ」
それが決定打となったように、オティーリエはうなずいた。
「喜んでいただける提案をして、その代わりにお願いを聞いていただきたく思っておりましたので……そこまで言わせてしまうほど、ご迷惑をおかけしていることが心苦しいですわ」
カレンとしては、普通に嫌じゃない? というようなことが、彼女たちにとっては歓迎すべき献身なのだろう。
貴族と平民の悲しいすれ違いだ。そして、嫌なものは嫌なのである。
「ですのでわたくし、引き下がらせていただきますわね」
そう言って立ち上がると、オティーリエはカレンに向かってうやうやしく頭を下げた。
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