「しかし騎士団長殿、大崩壊なんて、人為的に引き起こせるとしたら一大事でしょう」
「いやな。大崩壊が人為的に引き起こされる、と感じたわけではない。ただ、何かが起きる、と感じただけなのだ」
リヒトの問いに答えるゴットフリートに、カレンは怪訝に思って訊ねた。
「騎士団長様は、そこからどうして騎士たちが何らかの濡れ衣を着せられるのではないかと予想されたんですか?」
「予想というより、すでにいくつか、彼らの身の回りでは彼らに濡れ衣を着せようとする不穏な事件が起きていてな。――ここにいてはまずいやもしれぬと感じた私がヘルフリート様の許可を得て、彼らを率いて暗雲から引き離すことにしたのだ」
「濡れ衣、ですか」
ゴットフリートが率いる騎士たちは、前伯爵派の家系であることの不利益を承知の上で騎士団に所属し続けることを選んだ騎士たちだそうだ。
だが、盗んだ覚えのないものを盗んだことにされたり、眠り薬で眠らされたのか入ってはいけない場所で目が覚めたりと、やった覚えのない罪を着せられることが相次いで、騎士団内で摩擦が起きていたらしい。
「私が人の嘘偽りを見抜くのが得意でな。特によく見知った者たちの嘘ならそうそう見抜けぬことはない。一見下らぬ勢力争いだが、彼らが濡れ衣を着せられていることがわかった。しかも、その犯人は騎士団内にもいるようには見えない。悪意ある第三者からのエーレルト伯爵家への攻撃とみなすべきだろう」
「離間工作ですか……」
「さて、狙いは何なのか。私たちの敵はそもそも何者なのか? わからないことが不気味だ」
何者かがエーレルト領内に不和の種をばらまこうとしている。
一体何が狙いなのかわからないまま、ゴットフリートは直感だけで彼らを連れて逃げてきた。
そして、ゴットフリートはカレンにも助けを求めた。
カレンは彼らのために一体何ができるのか。
「わたしが何をして差し上げたら皆さまは助かるんですか?」
「さて」
「さて??」
「私にもわからん。とりあえず、私としては勢力を失いしょぼくれているあやつらに活を入れてやらねばならんとは思っているがな。何か案があるか?」
火を囲んで談笑しつつも、自分たちの置かれた状況を理解しているためかどこか影のある表情を浮かべる騎士たちに、カレンは首を傾げた。
「特に思いつきません」
「だろうなあ」
一体ゴットフリートの直感能力とやらは、カレンに何をさせたかったのか。
お手上げ、とばかりにゴットフリートは肩を竦めた。
翌朝、カレンはヘルフリートの招集に応じて新しい場所に張り直された天幕を訪れた。
「よく来てくれたな、カレン……実は、昨日の魔物の襲撃で死傷者が出てな」
「ポーションがご入り用ですか?」
錬金術師として呼ばれたのか、と動き出しかけたカレンにヘルフリートは首を横に振る。
「いや、ポーションは間に合っているのだ。ただ、カレンに説明をしておかねばならないことがあってな……」
ヘルフリートはひどく言いにくそうに切り出した。
「貴族に死者が出れば、その狩猟祭は大失敗に終わったと言えるだろう。即座に狩猟祭は中止にするべきだし、死者は丁重に弔われる」
「狩猟祭、中止になってしまうんですか? あんなに準備をされていたのに」
「中止にはならないのだ。今回亡くなったのは平民の商人だからな」
カレンがきょとんとしているのを見て、ヘルフリートは苦い顔で詳しく説明した。
「貴族が狩猟祭を開催すると、商機と見てか身元もしれぬ商人も集まってくる。そのうちの何人かでな――貴族が死ねば問題だが、私が招いたわけでもない商人が死んだところで特に問題はないとみなされる。平民の君にとっては不快だろうが、それが貴族の文化なのだ」
ヘルフリートが気まずげにそう言った時、外からざわめきが聞こえ、カレンとヘルフリートは一旦会話を中断して天幕の外に出た。
騒ぎの方角へ向かうと、そこには一つの天幕を守るように立つエーレルトの騎士たちと、平民の男たちがいた。
平民の男たちの出で立ちからして、商人だろう。
「何事だ!」
「伯爵様がいらしたぞ!」
「どうか私たちの仲間を弔わせてください!!」
「せめて遺体だけでも引き取らせてくださいませ!!」
ヘルフリートは懇願する商人ふうの男たちを前に、顔をしかめた。
「ならぬと言っているだろう。魔物に殺された亡骸は適切に処理しなければ、さまよえる死者になりかねない。後々処理をし身元を調べて親族に知らせを送るゆえ、騒ぎを起こすな」
「そんな! 放置していたら死体が腐ってしまいますよ! 今すぐ狩猟祭を中止して、俺たちがこいつの身内だって調べてください!」
「……それはできぬ」
貴族にとっては取るに足らない死。
だから、狩猟祭を中止にしなくてよいし、中止にするなどありえないのだろう。
「なら! こちらできちんと処理しますから、どうか身柄を引き取らせてください! 最後にひと目家族に合わせてやりたいんです!」
「親族には補償するつもりだ。しばし待て」
「金なんてもらったところで死者は生き返りませんよ!? 伯爵様の采配で人が亡くなったのですよ!? 何とも思わないんですか!?」
「平民の死ならどうでもいいとでも言うつもりなんですか!?」
「それは……」
泣き喚く商人たちの男にヘルフリートは苦い顔で思いきり参っていた。
高貴な貴族だから、どう見てもDランクがいいところの彼らなど無視できるだろうに、家族愛の強い人だから、彼らの気持ちがわかってしまって無視ができない。
責められるヘルフリートの横顔を見上げていたカレンは、男たちに視線をやって口を開いた。
「魔物に抗う力もないくせに、どうして町を出たんですか?」
「は……?」
思わぬことを言われたという顔で、男たちは泣くのをやめてカレンを見上げた。
彼らの目は涙で濡れていたが、どこか冷めた光を宿しているようにも見え、カレンは眉をひそめた。