「皆様、お時間よろしいですか?」
「カレン殿、もちろんだとも」
迎え入れてくれたのは濃紺の髪の騎士である。
中回復ポーションをただで入手したばかりのためか、提供したカレンを彼と彼の仲間たちは愛想よく迎え入れた。
「どのような用件かな?」
「ええと、まずはお名前をうかがってもよろしいでしょうか? わたしはカレン。Bランクの錬金術師です」
「これはこれは。名乗るのを忘れていたようで失礼した。私はアルバン・コートだ。アルバンと呼んでくれ。このエーレルト騎士団のこの部隊――元は第一部隊であったが、今は第三部隊となったこの部隊の隊長をしている」
これまでヘルフリートに侍っていた騎士たちは、伯爵に仕える部隊でありながら第一部隊ではなかったらしい。
実権をホルストに握られていたために、第一部隊は彼の息のかかった者が占めていたのだろう。
そしてヘルフリートが実権を取り戻したことで彼らは今、ここにいる。
カレンは深呼吸をしてから切り出した。
「皆様と、今後について相談をするために参りました」
「相談?」
「わたしは騎士団長様に皆様を助けてほしいと頼まれました。ですがこれまで、皆様をどのように助ければよいのかわからなかったんです。ですから、どのようにお助けすればいいのか相談したくって」
「……確かに、君にわかるはずがない。騎士団長が君の助けを求めた理由が、我々としても釈然としない」
アルバンはゴットフリートを見やった。
一人で切り株に腰かけ、場違いなほどのんびりと寛いだ雰囲気で剣の手入れをしている。
「だが、君が伯爵閣下からの厚い信頼を得ているという事実はいよいよ理解した。わざわざ、平民の死について君に断ろうとするとはな」
「わたしとリヒト様との話が聞こえていましたか」
「まさか、聞き耳を立てていたとでも? 我々は騎士だぞ。そのような真似をするものか」
嫌そうに言うと、アルバンはウルテたちの方を顎でしゃくった。
「彼らから話を聞いただけだ。君がゼンケル卿と話しながらポーションを作っている間にな」
「そうでしたか。誤解をしてしまい、申し訳ありません」
「仕方のないことだ。平民で女、しかも騎士とはほど遠い職業だ。我々を理解できないのも無理はない」
「……誇りを持ってお仕事をされているんですね」
「仕事、というより我々はエーレルトの騎士として働くことを使命だと考えている」
アルバンの言葉に、カレンはほっと息を吐く。
リヒトは彼らが騎士を辞めるかも知れないと言っていたが、諦めるつもりはないらしい。
ならば、カレンの提案を受け入れてくれる公算が高い。
「皆様は、これからも騎士を続けたいですか?」
「当然だ」
アルバンは苦い顔つきで答えた。
その後ろで、騎士たちが表情で不快感をあらわにしていた。
あらかじめ、カレンがポーションを配っていなかったら彼らの反応はもっと激しいものになったかもしれない。
カレンの不躾な問いに苦虫を噛み潰したような表情をしつつも、彼らはカレンの真意を待って続く言葉を待っている。
「騎士を続けることが可能なのですか? 今のままの皆様で」
「……やはり、伯爵閣下は我らを見捨てるおつもりか」
アルバンは鋭くカレンの言わんとすることを察し、苦々しく吐き捨てる。
カレンは否定しなかった。
アルバンたちを見守ると伝えた一瞬、ヘルフリートはカレンではなく遠くを見た。
その目に、冷たい光が走ったのを見た気がした。
うなずいたのか、うなずいていないのか――どちらにせよ、ヘルフリートはアルバンたちを積極的に救済したいと思っているようには見えなかった。
今のまま、ただ逃げ隠れしたまま無事に狩猟祭が終わったとして。
その後、彼らの居場所がこれからもエーレルト騎士団にありつづけるのかは疑問だった。
だからこそ、何より確かめておかなければならないことが一つある。
「どうして、皆様はヘルフリート様に冷遇されているのですか?」
「それを聞いてどうするのだ? 錬金術師のカレン殿。君に一体何ができる? 君が伯爵に目をかけられているとはいえ、そのお心を変えることができるとでも?」
アルバンは苛立ったように言う。
カレンは胸を張って手を当てた。
「できるかもしれません。わたしはヘルフリート様に配慮されていますから。――第一部隊を外されたということは、皆様はヘルフリート様の不興を買ったのでしょう。ですが騎士の座を剥奪されていないということは、皆様に罪があるわけではないように思えます」
「我々はただ、伯爵にエーレルト領の繁栄のため、領地運営に注力していただきたかっただけだ」
領地の運営に注力するということは、当時血筋の祝福に病んでいたジークを諦めるということ。
「だが、伯爵はそうしなかった。何年も開催されない狩猟祭のツケが回ってきて、拡大した魔物被害を抑え込むために、我々はホルストの指揮下に入ったのだ」
「それは……」
「それが罪か? 我々は第一部隊としてエーレルトにいた。エーレルトのため、領地に戻らない領主の代わりにホルストの指揮下に入り、様々な領地の問題に取り組んだ。その問題事のうちのいくつかは、ホルストが引き起こしたものだったがな」
ヘルフリートはその時、ジークのために王都で戦っていただろう。
エーレルトはその間、放置されていた。
「今なお我々は、閣下はもっと早くお戻りになるべきだったと考えている」
「……ヘルフリート様は、その考えを受け入れられないでしょう」
「君ならば伯爵閣下のお考えを変えられるのではなかったのか?」
皮肉な笑みを浮かべるアルバンに、カレンは言った。
「変えますよ。その考え自体は無理でも、アルバン様たちをヘルフリート様が受け入れてくださるように」
アルバンから聞いた話が事実ならば光明はある。
そもそもゴットフリートに助ける機会を与えている時点で、ヘルフリートもアルバンたちを見捨てているわけではないのだろう。
必要なのは、きっかけだ。
「どうやってだ?」
「どうにかして……いずれ変えてみせるので、わたしの頼みを先に聞いてくれませんか?」
「君の頼み?」
怪訝な顔をするアルバンに、カレンはうなずいた。
「はい。わたし、今森の端ダンジョンを攻略しているユリウス様のところに行きたいんです。わたし一人では行けないので、皆様に護衛をしてほしいのです」
「君は戦えるのか?」
「戦えないので護衛が必要なんです」
アルバンはあからさまに嫌そうな顔をする。
カレンは断られないよう、ここぞとばかりに売り込んだ。
「この頼みを聞いてくださるのなら、わたしはヘルフリート様に皆様を受け入れていただくべく全力を尽くします! わたしがヘルフリート様に配慮されているところを見たばかりですよね!?」
「そもそも、どうしてユリウス様のもとに行きたいのだ? 森の端ダンジョンとは、未攻略ダンジョンのことだろう。十階層までしかないようなダンジョンなど、ユリウス様の手にかかれば一ひねりだろうに」
「皆様そう言いますね」
「何か異変が起きたのか? もしや、その異変を我々に解決させることで我々に功績を積ませようというのか?」
ハッと何かに気づいたかのように息を呑むアルバンに、カレンは首を横に振る。
「いえ、違います。異変が起きてたら、色んな魔道具を持っているヘルフリート様が真っ先に気づくでしょうし、対策を立てるでしょう」
「では一体、何なのだ?」
誰もがユリウスなら心配はないと太鼓判を押してくる。
おかげでカレンの心のスタンプラリーはすでに判子まみれである。
それでも、すべての隙間は埋まらないのだ。
「誰になんと言われようとも、わたしはユリウス様が心配でたまらないんです! だから、今すぐ会いに行きたい!!」
ユリウスの事情は話さずに、カレンは堂々と胸を張る。
「……まさか、ユリウス様に会いたいというだけの理由で、君は我々に命をかけさせようとしているのか?」
「命をかけさせようだなんて思っていません。わたしは中回復ポーションを作れますし、万能薬だって作れます。料理すらポーションになります。意識せずに作っていてでもです。それぞれの料理は素材を変えれば同じ効果でもクールタイムを気にせずに服用することができます。皆様はそういったわたしの力の一端をすでにご存じのはず」
アルバンたちは顔を見合わせる。
カレンの希有な能力は、すでに何度か彼らに披露済みだ。
「この力で、わたしは皆様の命を守ります」
カレンは胸を張って言ったあと、空気の箱を掴んで横に置く仕草をした。
「……なので皆様のことは、その後にどうにかするということで」
横に置かれたアルバンと騎士たちは、カレンをまじまじと見つめた。
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