「……どうするのですか? 隊長」
「どうするもこうするも、錬金術師殿の道楽のために命をかけたいのか?」
騎士に問われ、アルバンが苦い顔つきで答える。
カレンの提案に否定的なアルバンとは違い、騎士たちは必死の形相だった。
「しかし錬金術師殿のお力を借りられる今であれば、我々の力でもダンジョン攻略できるかもしれません……!」
「すでにユリウス様がダンジョンを攻略中なのだぞ。ユリウス様の功績を掠め取ろうとでもいうのか?」
「そうではなく! ――ユリウス様ほどのお人でも、万が一ということはあるではありませんか。前伯爵の時のように」
カレンがヒュッと息を呑むのとほとんど同時に、アルバンは騎士を怒鳴りつけた。
「黙れ! ユリウス様とヴィンフリート様とでは大違いだ。ヴィンフリート様の強さはCランク冒険者の下程度と言われていたのだ。Bランク冒険者の上澄みと言われるユリウス様とは比べものにならないのだぞ!」
一息で言うと、アルバンはカレンを見やって言う。
「こいつらはエーレルトの名を冠する騎士団であるにも関わらず、ダンジョン攻略の経験がないことを憂えている。だから、ダンジョンに潜りたくて理由を捻り出してみせただけだ。ユリウス様に限ってめったなことはないので、安心するといい」
そう言うと、アルバンは再び騎士に向き直る。
カレンも騎士の顔を見た。若い騎士だった。
十代後半、カレンと同い年くらいかもしれない。
「おまえは、ユリウス様の婚約者の前で口にするべき言葉かどうかもわからないのか?」
「……っ。私が間違っておりました。錬金術師殿、配慮が足りず申し訳ございません」
若い騎士はアルバンの言葉にハッとした顔をすると、すぐにカレンに向かって謝罪してくれる。
カレンは微笑んで応えた。
「お気になさらず。皆様の望みを煽ったのはわたしですから」
貴族の騎士の強さは冒険者ランクD相当と言われている。
隊長格ならCランクいくかどうかだが、中にはユリウスのように飛び抜けた強さを持つ者もいる。
平均的な彼らの強さは、ダンジョン十階層を突破できるかできないか、といったところ。
彼らは貴族の騎士としての誇りを持ちながらも、冒険者ほど突き抜けた強さを持たないことに劣等感を抱いてもいる。
だから、ヘルフリートが今後の新年祭で領地のために活躍した者の肖像画を――領都ダンジョンの攻略者の肖像画を掲げると決めたことには、大きな反発がある。
毎年冒険者の肖像画を飾られては、貴族の面子が丸つぶれというわけだ。
だが、彼らは反対もできない。
貴族の騎士が強くなり、ダンジョン攻略をすればいいだけの話だからだ。
弱いのが悪い。
そんな風潮がある中で、今ならカレンの完全バックアップのもと、いつもよりも圧倒的に命の危険の少ない中でダンジョン攻略ができると誘いをかけたのだ。
十階層最奥のボスの攻略に間に合わずとも、未攻略ダンジョンの攻略に関わった経験は間違いなく彼らの剣を磨くだろう。
カレンは穏やかに謝罪を受け入れると、若い騎士の放言を利用して言う。
「それに、そちらの騎士様がおっしゃるように、万が一ということは本当にあるかもしれませんしね」
「何があるというのだ?」
眉をひそめるアルバンに、カレンは笑顔で説明する。
「王都のダンジョンに異変をもたらす仕掛けを施したホルストが、故郷であるエーレルトのダンジョンに何も仕掛けていないと、どうして信じられますか?」
「……仕掛けるならば、エーレルト領都ダンジョンになるのでは?」
「それはホルストの胸先三寸なので、わかりませんよ。今回、いつもよりも広範囲に魔物が溢れたらしいじゃないですか。そのために死者も出て、天幕の設営場所も変更になりました。何かが起きているのかもしれませんよ?」
「魔物が想定よりも広範囲に溢れるのはそう珍しいことではないぞ、カレン殿」
「ですが、もしものことが本当にあるかもしれません。その時には、お一人のユリウス様は危険な目に遭うでしょう。もしもその状況に駆けつけることができれば、皆様はエーレルトの英雄となれるかもしれません」
カレンは努めて淡々とした口調を心がけ、彼らにカレンの提案に乗る利点を訴える。
じっとカレンを見つめていたアルバンは、やがて深い溜め息を吐いた。
「カレン殿は、本気でユリウス様を心配しているのだな。あれほどの強さを持つユリウス様を」
「心配しているのは確かですが、今はわたしの護衛を務めることがそのまま、ヘルフリート様のお気持ちを変えるきっかけになるかもしれないという利点を説明していますよ?」
「そのような万が一にもありえない可能性など、我らの利点になるものか」
アルバンはボサボサになった頭をガシガシと掻くと、隣に立つ若い騎士の横腹に肘鉄を入れた。
相当痛かったようで、若い騎士が横腹を押さえてうずくまる。
その姿を見ることなく、アルバンはカレンに向かって頭を下げた。
「私の部下の配慮のない発言で、君を心底震え上がらせてしまって申し訳ない」
「えっ? いえ、そんな――」
「手が震えているぞ、カレン殿」
カレンはつい手を後ろに隠した。
だが、そんなことをすれば震えていたのを認めるようなものである。
カレンは内心歯がみした。
これから共にダンジョンに潜ってくれと提案しているカレンが、たかだか想像程度で震えているだなんて。
そんな臆病者を護衛してダンジョンに潜りたいと、一体誰が思うだろうか。
平然とした顔をしていないといけない。
カレンさえいればダンジョンを攻略できると思わせるぐらい、頼れる錬金術師だと思わせなくてはいけないのに。
カレンを大船だと思わせて、この提案を甘美な誘いだと思わせなくてはいけないのに、これでは泥船だ。
ヴィンフリートの時のようになるかもしれない?
確かに、伝え聞く状況がよく似ている。
大崩壊を起こしかけたダンジョンに潜り、大崩壊を食い止めるも、ヴィンフリートは魔物に殺されて亡くなったという。
ユリウスがそうならない保証が、一体どこにあるというのか。
カレンは背中に回した手で手をつねった。
「おまえたちの判断に任せるぞ、アルバン」
「騎士団長!」
「おまえたちの未来であり、おまえたちの命だ。悔いのない選択をするがいい」
ゴットフリートがやってきてアルバンたちに選択を委ねる。
未来のためにダンジョンに潜って命を賭すか、安全を求めるか。
アルバンはゴットフリートに向けていた視線を再びカレンに戻した。
「カレン殿」
「――はい、アルバン様」
カレンは努めて笑顔を作る。
より、余裕のある笑みを。
キリッとした笑みを浮かべて、彼らの望みを叶えられる頼もしさを演出するために。
そんなカレンの前まで来ると、アルバンがひょいとカレンの腕を掴んだ。
隠していたカレンの手を引っぱり出すと、つねって震えを止めようとした痕跡を見つけて呆れた目つきになる。
堂々と要求して、カレンさえいればあたかも簡単なことのように思わせて、勢いで流して要求を呑ませるつもりだったのに。
もう終わりだ――と目の前が暗くなるカレンの手の甲に、アルバンは額をそっと添えた。
「へ?」
間抜けな声を出すカレンに、顔をあげてアルバンが言う。
「命をかけてダンジョンを攻略する騎士と、その騎士のために切なる祈りを女神に捧げる乙女に敬意を」
ぽかんとするカレンから目を逸らし、アルバンは騎士たちを見やった。
「皆の者、我々エーレルト騎士団第三部隊は、これよりダンジョン攻略を開始する。我らの未来を切り拓くためにカレン殿の提案に乗るのではない。ユリウス様からダンジョン攻略の功績を奪うためでもない。エーレルトの偉大な騎士を想う乙女の祈りが女神に届いたという事実を、我らエーレルトの騎士団が体現するためである!」
「はっ!」
アルバンの言葉に、騎士たちが一糸乱れず応じてみせる。
茫然とするカレンの肩を叩いたのは、ゴットフリートだった。
「騎士を動かすのは利益ではなく騎士道精神なのだよ、カレン殿――よく彼らを動かしたな」
ゴットフリートは言って、前に進み出た。
「おまえたち、カレン殿に傷一つ負わせることなくユリウス様のもとまで連れていくぞ」
「騎士団長様も来てくださるのですね」
カレンはほっとして言う。
最初からゴットフリートの同行を当て込んではいたものの、実際に同行してくれると聞きカレンは胸を撫で下ろした。
そんなカレンに、ゴットフリートは肩を竦めた。
「私の部下が行くのだから、私も当然同行する。君が彼らを動かせなければ行くつもりはなかったのだがな」
「えっ……ユリウス様が助けを求めているかもしれないのにですか?」
以前、ユリウスが困っていたらあたりまえに助けてくれると言っていたのに。
カレンが愕然と見上げると、ゴットフリートは困った顔で言う。
「そんなことはありえんからなぁ」
カレンとしては、どうしてそう言い切れるのかと言いたいところだ。
だが、言い切れるぐらい、ユリウスは圧倒的に強いのだろう。
カレンだってユリウスの強さはそれなりに知っているつもりだ。
それでも迎えに行かずにはいられないカレンだから、彼らは心を動かされてくれたのだ。
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