「何という伏兵!! ここで、レスヴァールがアルタードの兵装を破壊したぁああああっ!」
「にゃはっ! それがないと雷鳴瞬動は使えないよな?」
「く……っ」
「でかしたぞ、ファラ! このまま一気にカタをつけようぜ、ホム!!」
雷鳴瞬動を封じられたこの状況で、ホムを二対一で戦わせるのは非常にまずい。
「ホムは僕が助ける! アルフェはヌメリンを!」
「うん! 風よ、幾重にも重ね束ね破鎚となれ。エアロ・ブラスト!」
僕の呼びかけにアルフェが瞬時に多層術式で風魔法を重ねて反応する。
「ここでレムレス! エアロ・ブラストを発動ぉおおおおおおおぅううううううっ! 高圧縮の空気の塊がカタフラクトを襲うゥウウウウウウッ!」
「わわわわ~!」
高圧縮の空気の塊に襲われたヌメリンは、大剣で受け止めながらが大きく後退を余儀なくされている。
「ヌメ! 落ち着け、あんま下がるんじゃねぇ!」
ヴァナベルの檄が飛ぶが、ヌメリンの動揺は止まらない。何故なら――
「危なぁあああああいっ! カタフラクトの背後にぃいいいいっ! 無数のウォーターランスが連なっていくぅううううううっ! レムレス、無詠唱で魔法を展開!! その勢いは増すばかりだぁああああっ!」
無詠唱で発動された多層術式が前後からカタフラクトを翻弄している。
「ヌメ! 上手いこと切り抜けろ!」
ヴァナベルはホムの逆襲を恐れてヌメリンを助けには行けない。ホムを救うにはこの機会しかない。
「にゃはっ! やっぱそう来ると思ってたよ!」
苦戦を強いられるヌメリンを心配するでもなく、真っ直ぐに僕に向かってきたのはファラだった。
ファラの注意がホムから逸れたのは好機だ。あとは、ホムがヴァナベルを倒すまで時間を稼げばいい。
真なる叡智の書の頁が動き、僕の心を読み取ったように簡易術式を目の前に広げてくれる。
「翼となりて炎よ舞え、我が意のままに空を駆けよ――フレイムバード」
僕が炎魔法で生み出したのは、三羽の炎の鳥を模した火炎弾だ。
「おぉっと、ここで灼熱の炎を宿した鳥が生み出されたぁあああああっ! 凄まじい熱気が、イグニスの炎攻撃を彷彿とさせるぅうううううっ!」
「あらあら! 防御壁を強化ね!」
ジョニーが叫びながら、実況を続けている。入れ替わりにマチルダ先生の声が微かに聞こえたが、そちらを見る余裕は僕にはない。
「にゃはははっ! なんかヤバい感じのが来ちゃったな!」
ファラは楽しげに笑い、双剣を構えながら器用にフレイムバードたちの攻撃を避けていく。
「触れれば爆発を起こすよ。どうする?」
ファラが遅滞の魔眼を使って迎撃するのは想定内なので、牽制を込めて忠告した。
「にゃはっ! 爆発すれば消えるってわけだ!」
ファラは僕の言葉に何かを思いついたように笑うと、レスヴァールを反転させ、攻撃の態勢を取った。
「なんだなんだぁああああっ!? レスヴァール、捨て身の攻撃かぁああああっ!?」
「捨て身なんてしなくても、避けられるんだな、これが!」
次の瞬間の攻撃は、僕の目では追うことが出来なかった。
三羽のフレイムバードをそれぞれ迎撃し、双剣で切り刻んだファラのレスヴァールは爆発に巻き込まれた――かと思ったが、次の瞬間には爆煙の外に悠々と佇んでいたのだ。
「速い! レスヴァールが目にも留まらぬ速さで、フレイムバードを撃墜してしまったあぁあああああっ!!」
遅滞の魔眼を使うことは想定していたが、生身の身体ではなく機兵を使ってそれに見合う反応速度を出せるのは衝撃的だ。遅滞の魔眼で対応出来ない速さの魔法でなければ、今のファラには通用しない。
「雷光よ、迸れ。スパークショット!」
アーケシウスの左手から雷撃を迸らせてファラを攻撃するが、閃光に並ぶ速さでもファラを捕らえることが出来ない。
「んー、さっきよりは速いけどなぁ」
噴射推進装置で雷撃から逃れたファラは、そのままアーケシウスに急接近してきた。
「雷鳴よ、踊れ。 エクレール!」
右のドリルに雷魔法を纏わせてファラを牽制する。だが、ファラは迸る雷をものともせずに僕との距離を詰め、双剣の片方でアーケシウスのドリルをいなした。
「リーフ、その魔導書はあたしには遅すぎるぜ」
「あっ、ああああああああっ!」
レスヴァールの左腕が動くと同時に、右腕のドリルに強い衝撃を感じた。悲鳴を上げながら、僕はアーケシウスの右腕が機体から切り離されていることにやっと気づいた。
「にゃはっ! これで厄介な攻撃はもう出せないよな?」
「……く……っ」
僕は完全に見誤っていた。ファラの実力とその特性にどうして気づけなかったのだろう。入学して以来、彼女はずっと僕たちと一緒だった。あのクラス対抗戦の時もずっと傍にいたというのに。
ファラの遅滞の魔眼を行使すれば、世界がゆっくりに見える。観察するには充分過ぎる時間があったのだ。もっとファラのことを観察すべきだった。入学して僅か数ヵ月でホムの感情の起伏を見分けられるくらい、ファラが僕たちのことを観察してきたことを。ただ喜ばしいと思うのではなく、敵になったときのことを想定すべきだったのだ。
僕の武器の弱点を見ぬくには十分過ぎる観察力だ。魔法の検索と詠唱という手順を踏む以上、どんな魔法でも発動までに一瞬とはいえ時間がかかる。
アルフェが魔法を即発動出来る無詠唱魔法と多層術式を特訓したのも、その遅れを限界まで縮めるためなのだ。
僕は前に出るべきではなかった。ファラと戦うべきではなかったのだ。
「真剣勝負に情けは無用。けど、せめてキレイに壊すから許してくれよ」
「マスター!!」
ファラが双剣を振りかざすのと同時に、ホムの悲鳴が聞こえた。
ホムが主である僕の危機に対処することは全てにおいて優先される。僕がホムをそういうふうに作った。だけど、だけど今はそうすべきではない。
「来るな、ホム!」
噴射推進装置でファラとの距離を取りながら、どうにか時間を稼ぐ。ホムはヴァナベルを見ていなければならない。なのに、今のホムには僕しか見えていない。
「悪ぃな、リーフ」
「止めてくれ、ヴァナベル!」
僕の悲鳴のような声は、フラーゴの噴射推進装置の音に掻き消される。ヴァナベルのフラーゴは左手を前に突き出し、右手に持つレイピアを後方にまるで地に這うように身を低くして構えている。
「貰うぜ――」
フラーゴの四基の噴射推進装置が一斉に出力を上げ、物凄い加速力でアルタードとレスヴァールを追い抜いて僕に突っ込んでくる。
「え……?」
ヴァナベルの狙いはホムの背後ではなかった。
彼女の狙いは――
「致命の一刺!!」
回避しようとしたが、フラーゴの最大出力を前に従機はあまりに無力だ。
「マスターーーーー!!!」
ホムの悲鳴が響き渡る中、ヴァナベル攻撃はアーケシウスの左腕を無残に跳ね飛ばした。
「有効打二ヵ所とみなしぃいいいいいっ! アーケシウス、撃墜! 撃墜だぁあああああああっ!」
ジョニーの叫び声が響き渡る中、僕は地面に落ちたアーケシウスの腕をただ呆然と見つめていた。