「大闘技場浸水! 浸水しておりまぁあああすっ! 私のいる実況席も水浸しだぁあああああっ!」
司会の声が高らかに響いている。戦況が変わって明らかに興奮している様子だ。
「レムレス! レムレス!」
「アルタード! アルタード!」
依然わたくしたちが三対二で不利であることは変わらないものの、大闘技場に響き渡る声援は明らかにわたくしたちのチームに向けられたものへと変化している。
「みんなも応援してくれてる。リーフもそう……。エステアさんと戦うまで、絶対に負けられないよ」
アルフェ様の頼もしい声で、わたくしは戦う目的を思い出した。
この戦いはわたくしの挑戦だ。マスターが心を込めて用意してくださった最高の機兵で望む再戦の舞台なのだ。
「ええ。エステア様にも負けるつもりはありません」
そう言いながらアルタードを前進させると、辺りを満たす水が波打った。それにしてもこの大量の水――アルフェ様はどんな作戦を考えているのだろう。
「もぉ~、こんなに水浸しになっちゃったら、もう砂煙作戦じゃいけないよ~」
拡声器を通じてヌメリンの声が聞こえてくる。少なくともあの目眩ましを警戒する必要はなさそうだ。水飛沫をその代わりに使うことも出来るはずだけど、そこまで考える余裕は果たしてあるだろうか。
「だったら正攻法で行くまでだ! ファラはアルフェを抑えろ! ホムはオレとヌメがやる!」
大丈夫だ。ヴァナベルもヌメリンも大闘技場の環境が大きく変わったことに惑わされている。アルフェ様がこの一点だけを狙って今の状況を作り出したとは思わないけれど、わたくしはここで最善を見出して戦うだけだ。
「させません!」
「にゃはっ! そう来たか!」
アルフェ様への直接攻撃は可能な限り避けて時間を稼ぐ。アルフェ様を守るのではなく、攻撃のための隙をこじ開ける。
「お覚悟!」
短くなってしまった右腕を振るい、ファラ様のレスヴァールを牽制する。ファラ様の魔眼にはアルタードの動きは非常にゆっくり見えるはずだ。けれど、それに合わせて機体を素早く動かすことは不可能だ。機兵の反応速度はファラ様の魔眼に追いつくことは決してない。だから――
「はぁああああっ!」
「にゃ!? リーチが違う!?」
アルタードの腕の元々の長さに合わせて避けるのに合わせて、素早く身を屈める。初手の打撃を受け止める体勢に入っていたレスヴァールの双剣は空を切り、バランスを崩した。わたくしは狙い澄ました軸足を躊躇なく払う。
「おっと!」
辛うじてわたくしの初動をその瞳に映したファラ様が、後方に向けて噴射推進装置を稼働させて距離を取る。
「はわわわっ! ファラがピンチだよ~!」
追撃はせず、わたくしはアルフェ様がファラ様の攻撃範囲から外れたことを密かに確認した。
ファラ様の双剣を振るってもここからならアルフェ様には届かない。噴射推進装置で急接近するにはアルタードが邪魔なはずだ。
「ちっ! オレが行く! ヌメはアルフェを――」
「ホムちゃん、走って! 三時の方向!」
アルフェ様がわたくしの意図を汲んで指示を出してくれる。言われた通りに三時の方向に駆けると、アルフェ様の詠唱が聞こえて来た。
「目に見えぬ引き手よ、我は神速を尊ばん。渦巻く門を開き、招き入れよ。通るものには祝福をしかして矢の如き神速をも与えん。磁力加速!」
目の前にはわたくしの行くべき道を示すように次々と魔法陣が具現していく。機兵を上回る巨大な魔法陣だ。
「レムレス! レムレスの魔法が発動したぁあああああっ! 魔法陣のゲートをアルタードが駆け抜けて行ぅうううううう!!!! これはぁああああっ! どうなるのでしょうかぁあああああっ!!!!???」
効果を考えている余裕はない。けれど、体感としてアルタードを通じて伝わってくる。魔法陣をひとつくぐるたび、アルタードが加速していく。それは雷鳴瞬動を繰り出す前の軌道で射出される感覚に似ている。
――これなら跳べる。
マスターと二人、クラス対抗戦の起死回生を狙うあの作戦の時のように、どこまでも高く跳ぶことができる。
雷鳴瞬動は封じられた。けれど、わたくしの翼は決して折れない。
「はぁあああああああっ!」
四つの魔法陣を通過し、最高速度に到達したアルタードで雷鳴瞬動の要領で鋭い回転蹴りを叩き込む。
「こ、これはぁああああっ!? 伝家の宝刀、雷鳴瞬動なのかぁああああっ!?」
「ヌメーーーーー!!!」
「ひゃぁあああああっ!」
レスヴァールとフラーゴは逃したけれど、カタフラクトは逃さない。逃げ切れずに側面からアルタードの蹴りを受けたヌメリンのカタフラクトは、勢い良く弾き飛ばされ、大闘技場の壁に激突して沈黙した。
「カウントォオオオオオオオッ! ワァアアアアアン! ツゥウウウウウーーーー! スリィイイイイイイイイ!!! 操手戦闘不能とみなし、撃墜判定イィイイイイイイイイ!!!」
「アルタード! アルタード!」
「アルタード! アルタード!」
司会の声にアルタードへの声援が高まっていく。
「やったね、ホムちゃん!」
「ありがとうございます、アルフェ様」
けれど本当に称賛されるべきはアルフェ様だ。
わたくしが生み出したほんの一瞬の隙を突いて、六節詠唱の上位魔法を発動するセンスには本当に驚かされた。わたくしの戦い方に最も適した魔法を瞬間的に選択できるという意味では、マスターをも上回る。
「ヌメの仇を討つ! 行くぞ、ファラ!」
「了解!」
「このまま一気に行くよ、六時の方向!」
「はい!」
ヴァナベルとファラ様の声とほぼ同時にアルフェ様が指示を出す。わたくしが駆け出すと同時に先ほどの磁力加速が展開されていく。
「アルタードとレムレス! 素晴らしい連携! これを止められるのかぁあああああっ!!!?」
「側頭部を狙ってくるぞ! ガードして!」
ファラ様の叫びの方が僅かに早い。予備動作を終えたわたくしがアルタードの蹴りを繰り出した直後、ヴァナベルが左腕の盾を掲げていた。
この加速の中でもアルタードの動きを捉えたファラ様はさすがだ。けれど、二人ともマスターが作った機体性能を見誤っている。
「はぁぁぁあああ!!」
防御があろうと構わない。ただそれを打ち崩すだけ。
わたくしは掲げられた盾ごとフラーゴの左腕を蹴り抜いた。
「嘘だろ!?」
驚嘆の悲鳴とともに、ヴァナベルのフラーゴが吹き飛ぶ。
「ヴァナベル!」
「ごめんね、行かせない!」
アルフェ様の声と同時に、ファラ様のレスヴァールの脚が止まった。
「……これは、一体……」
なにが起きたか理解出来ないのか、司会が戸惑った声を上げている。
「まだ終わってねぇ! オレを一撃で倒せなかったこと、後悔させてやるぜ!」
レスヴァールの状況を確かめる間もなく、大きく損傷したはずのヴァナベルの機体から叫び声が上がった。
フラーゴの左腕は歪にひしゃげているがまだ戦闘可能な状態だ。ヴァナベルは、そのボロボロになった左腕を地面に突き刺し体勢を低くして身構えている。
「その体勢は――」
「気づいたところで遅ぇよ!」
ヴァナベルの噴射推進装置が出力を上げている。わたくしは射程距離に入ってしまった。わたくしが避ければアルフェ様が狙われる。ファラ様を足止めしているアルフェ様は、あまりに無防備だ。ならば、正面から挑むしかない。
「致命の一刺!!!」
ヴァナベルのフラーゴがレイピアを突き出しながら、物凄い速度で迫ってくる。この一撃に賭けた執念がマスターを撃墜した時よりも鋭い攻撃を生み出している。
――速い。
けれど、あの人ほどじゃない。
わたくしには、ヴァナベルの動きが視えているのだから。
「うぉおおおおおおおおっ!」
「はぁああっ!」
ヴァナベルが繰り出した渾身の一撃を紙一重で躱し、擦れ違うその瞬間に頭部へ拳を叩き込む。
「ヴァナベル!!」
ファラ様の魔眼には見えていたはずだ。フラーゴの頭部が拉げ、大破するその瞬間が。
「決まったぁあああああああっ! アルタードのクロスカウンタァアアアアアアアアーーーー!!!! クリーィイイイイインンヒットォオオオオオオオオ!!!」
「ちっくしょおおおおお!!!」
ヴァナベルの悔しがる声が聞こえてくる。
「頭部、左腕の損傷により、フラーゴはぁああああっ!! 撃墜、撃墜判定ぃいいいいいいいい!!!!」
司会の声がどこか遠く聞こえる。大闘技場に立つ戦士と外野である観客がはっきりと切り離されているのを感じる。極度の興奮と緊張状態にあるわたくしの精神は肉体を上回った高みにある。
だから、アルフェ様が大闘技場の水を凍らせて足止めしていたファラ様がそれを破る音がはっきりと聞こえて来た。