「くそっ、余計なことしやがって」
イグニスの悪態に対して、エステアは無言だが、二人の間に険悪な空気が流れているのは誰の目にも明らかだ。
イグニスは自分の引き際を見極めることができていない。エステアを出し抜こうとするあまり、チームとして戦う思考が全くないのだ。
事実、エステアの援護攻撃がなければ、ホムによって撃墜できていたというのに
「相手になるわ、ホム!」
「望むところです!」
エステアがホムを誘導し、僕から切り離す。アルタードは対エステアのために開発した機兵なので、僕はエステアをホムに任せ、二人の戦いを注視した。
「セレーム・サリフとアルタードの一騎打ちがはじまるのかぁあああああっ!! 機兵性能評価はほぼ互角の二機! その実力はぁああああああっ、操手の力に委ねられているぅううううううう!!!」
エステアの斬撃を躱しながら、ホムが打撃を繰り出している。圧されているという印象はまるでない。両者はほぼ互角の戦いを見せてくれている。
「くそっ! アルタードは俺の獲物だぞ!」
ここで注意しなければならないのは、イグニスだ。彼ならば勝つためにどんな汚い手でも使うだろう。エステアに実力で勝てないと理解しているのか否か、この戦いではいかに注目を集めるかに腐心しているようだ。
「今に見てろ。真っ二つにしてやるよ」
今、ホムはエステアに集中していて背後ががら空きだ。この状態で帯電布を狙われるのはまずい。
「てめぇら、俺様を無視するんじゃねぇええええっ!!」
無詠唱で赤輪刃の炎の出力を上げながら、イグニスがデュオスの噴射推進装置の出力を上げる。
同時に僕も噴射推進装置を稼働させ、ホムとの間に割って入った。
「イグニス・デュランの不意打ち炸裂かと思われたがぁああああああっ! ここでッ! アーケシウスのドリルが赤輪刃の柄を牽制しているぅううううう!!!」
「ハッ! 従機ごときが一人でどうするつもりだ!?」
アーケシウスを薙ぎ払おうとする赤輪刃を噴射推進装置を利用して避け、距離を取る。イグニスの動きを敏感に察したホムはエステアと機体の位置を素早く入れ替え、なおも激しい打ち合いを続けている。
その対角線上では、アルフェとメルアの魔法対決が続いている。
ここまでは狙いどおりだ。生徒会チームをバラバラにし、一対一の戦いに持ち込むことが出来ている。
「よそ見してんじゃねぇよ! そんなに俺様に真っ二つにされたいか!?」
「そんなつもりはないけど、でもこの隙を待っていたよ」
僕の膝の上で、真なる叡智の書の頁が捲れていく。
「はぁ? なに言ってやがる!? 隙だらけなのはてめぇの従機だろうが!! 望み通り叩き潰してやる!」
「イグニス! 操縦槽への攻撃は禁止です!!」
赤輪刃を振り上げるイグニスの向こうで、エステアの悲鳴が聞こえたような気がした。
イグニスが操縦槽を狙ってきているなら、かえって好都合かもしれない
「分厚き氷塊よ、我が前に現れ彼らの刃を阻み我を守れ――。フロストディバイド!」
真なる叡智の書が示したのは、巨大な氷の壁を作り出す防御魔法だ。
「ハッ! 今更命乞いしたって無駄だぜ!」
「これが命乞いに見えるのかい?」
僕は機体を守るためにこの魔法を発動させたわけではない。僕の狙いは、もっと別のところにある。
「なんだこれは!?」
「これは驚きです!! とんでもない氷の障壁が大闘技場を分断しているぅううううううっ!? 一体どんな作戦だぁああああああーーーーーーーーーーーーーー!?」
せり上がってくる氷の壁にイグニスとジョニーが驚嘆の声を上げる。本来の魔法では出せない規格外の氷の壁を、今僕は具現させている。それは、エーテル過剰生成症候群の僕だからこそ成せる技だ。
「魔装兵並の規模でぇえええええっ!! 氷の壁が築かれたぁあああああっ!!!!」
大闘技場を分断するために、約200メートルの十字型の壁を具現させた。
完全に分断された大闘技場は、それぞれが一対一の状況になった。
「ハッ! 馬鹿め! 一緒に壁の中に閉じ込めてどうするつもりだ? 自ら袋の中のネズミになりにきたっていうのか?」
イグニスがデュオスの拳で氷の壁を殴打しながら苛立ったように問いかける。発言では彼が有利であることを伺わせているが、やや動揺している様子だ。
まあ、この氷の壁は並の物理攻撃ではまるで歯が立たない厚さがあるから、僕の次の一手を警戒しているんだろう。もっとも彼の赤輪刃ならば、切断も可能だろうけれど、恐ろしく魔力を消耗する以上、それをする利点はどこにもないはずだ。
「そんな趣味はないよ。ただ、僕はエステアとメルアの相手は出来ないからね」
初手でエステアが助けに入り、イグニスを倒すことが出来なかった以上、メルアとエステアが連携出来ないように分断するしかない。勝つために必要な最低条件は、チームとして連携させないことだ。
「消去法で俺様を選んだ……だと……? 貴様、よくそんな侮辱を口にしてくれたなぁ!」
確実に相手を出来るイグニスを孤立させたのは悪い策ではない。ホムとアルフェがそれぞれが戦いに集中できれば勝機は見える。
「お前じゃ俺様に勝てないってことを、思い知らせてやる!」
赤輪刃の炎が大きく燃えさかり、刃の回転速度が上がっていく。
「逃げ場はねぇぞ! 大人しく俺様の餌食になれ!」
怒り任せに赤輪刃を振り回すイグニスが、アーケシウスに迫る。
機兵適性値が低いことから予想していたが、イグニスは複雑な操縦には適していない。噴射推進装置を細かく使いながら適切に攻撃を避け続ければ、咄嗟には反応できないのだ。
とはいえ、刃が纏っている炎はかなり厄介だ。エーテル過剰生成症候群のおかげで火傷を負ったところですぐに回復するものの、接近されるたびにアーケシウスがかなりの高温に晒されてしまう。
「水のつぶてよ、迸れ――ウォーター・シューター!」
燃え盛るイグニスの赤輪刃に向かって無数の水のつぶてを放つ。
「馬鹿め! その程度の威力、子どもの遊びにもなんねぇぞ!」
赤輪刃が水を浴びたそばから、あるいはそれが纏う炎に触れたそばから物凄い量の水蒸気が発生し、辺りが白くくもり始める。
炎の威力は衰えないが、まずまずの効果だ。イグニスはまだこちらの企みに気づいてはいない。
「ウォーター・シューター!」
「この程度で俺様の炎が消せると思ってんのかよぉおおおお!」
赤輪刃が纏う炎が爆発的な威力に変化する。僕の攻撃にイグニスは明らかに苛立っている。
「死ねええええぇ!」
最早操縦槽への攻撃という禁止行為を気に留める様子はない。赤輪刃が袈裟懸けに振り下ろされたその刹那。
「水鏡よ、影を写しとれ――。ミラージュ」
「もらったぁああああっ!!!」
真っ二つに斬られたアーケシウスは、そのまま水蒸気を発して掻き消える。
「……おおっと!? これは……残像……残像です!! アーケシウス、四機に分身してデュオスを囲みはじめたぁあああああっ!!!」
ジョニーの驚嘆の声が響いている。氷の壁という条件も加わり、瞬間的にどれが本物かを見極めるのは不可能だろう。
「水蒸気を起こしてやがると思えば、このためか。だったら、全部切り捨てちまえば済むことだろうが!」
怒り狂ったイグニスが、一機、二機、三機と次々に幻影を襲う。
「これで最後だぁああああっ!!!」
最後の四機目を胴体から真っ二つにしたイグニスの声を、僕はすぐそばで聞いていた。
「どこだ!? どこにいやがる!!!?」
デュオスが暴れ回ったおかげで、視界は水蒸気で真っ白に染まっている。だが、赤々と燃えさかる赤輪刃が、イグニスの居場所を教えてくれる。
「常々こうしたいと思っていたことがある」
噴射推進装置と風魔法を付与し、上空からデュオスを見下ろす。
「どうやら、今叶いそうだ」
渾身の力を込めて振り下ろしたアーケシウスのドリルは、デュオスの頭部にめり込み、その顔面を大破させた。
「……こ、これはぁあああああああっ!!!? デュオス、デュオスの頭部が大破しているぅうううう!!!!? 有効! 有効判定によりぃいいいいい!!! リインフォース、先制!! 先制でぇえええええええええすッッッ!!!」