試行錯誤するうちに、用意していた材料を全て使い切った。
完成した角膜接触レンズは全部で十五個、試作品の三個で簡易術式がきちんと発動しているかを確かめ、残りの十二個は微妙に色味を変えたり、簡易術式の描き込みを瞳の見栄えがよくなるように調整したりすることに費やした。
母の協力を得て種類の違うものを両目に入れて過ごしてみたが、特に違和感もない。
「初めて作ったのに、これだけのものを完成させるなんて……。本当に素晴らしいわ、リーフ」
「ありがとうございます。セントサライアス小学校の教育の賜物です」
母の賛辞を謙遜しつつ受け取り、学校の教育方針にも触れておく。これからは学校のこともしっかりと話題に出して、かなり高度な教育が進められていることも主張しておこう。そうすれば、のちのち僕がなにかするときに、前世の記憶を疑われることもなさそうだ。
「アルフェも喜んでくれると良いのですが……」
「きっと喜ぶわ。そうそう、せっかくだからラッピングするのはどうかしら?」
母の提案で、アルフェのために一番出来の良い角膜接触レンズにラッピングを施した。こういう改まったプレゼントをするのは、何気に初めてだな。アルフェの反応が少し楽しみだ。
週明けの月曜日、僕は角膜接触レンズを片目につけたまま、アルフェとともに登校した。
とはいえ、僕の片方の目の色が明らかに違うとわかってしまうと、つまらないので、母に頼んで片側が隠れるように髪型を工夫してもらった。だが、それが少々裏目に出た。
「リーフが髪型変えるの、めずらしいね」
髪型を変えたことで、アルフェがいつになく僕の顔に注目してしまったのだ。これは、気づかれるのも時間の問題だな。先手を打つとするか。
「母上がたまには……って。そんなことより、これ――」
髪型のことは軽く流し、小箱にリボンをかけたものをアルフェに渡す。中身は完成したアルフェのための角膜接触レンズだ。
「これ、なあに?」
「開けてみればわかると思うよ」
「うん……」
アルフェが小さな指先で丁寧にリボンを解いて箱を開ける。その頬が次第に薔薇色に上気していくのが、はっきりと見て取れた。
「わぁ……」
箱の中に収められた角膜接触レンズを見たアルフェは、感嘆の声を漏らして目を大きく見開いた。
「すごくきれいな青……」
「アルフェの浄眼じゃない方の目の色に合わせてあるんだよ」
「ワタシの目の色……」
アルフェが感慨深そうに呟き、指先でつまんだ角膜接触レンズを太陽に透かしている。空の色よりも澄んでキラキラとしたアルフェの瞳の色に、僕も思わず目を細めた。
「つけられるかな? 目になにかを入れるのって、本能的に怖いと思うけど」
自動洗浄の機能をつけておいたので、装着時に清潔に保たれることは確認済みだ。今は乾いているから、そのあたりも説明した方が良いだろうか。
「ううん。リーフが作ってくれたから、平気」
僕の心配をよそに、アルフェはすぐにでも装着したそうな様子だ。
「そっか。一応安全性は確かめてあるよ」
ここぞとばかりに前髪をもちあげて、装着中の角膜接触レンズをアルフェに見せる。
「アルフェと同じ色!」
僕がアルフェに渡したものと同じ角膜接触レンズをつけていることに気づいたアルフェは、嬉しそうに目を輝かせた。
「そう。僕もテストでつけてみてるんだ。見え方なんかも変わらないと思うけど、調整が必要だったら教えてくれると助かるな」
「うん。ありがとう、リーフ」
アルフェが大きく頷き、浄眼の上に重ねるように角膜接触レンズを近づける。アルフェのエーテルに反応した角膜接触レンズは、吸い付くようにアルフェの目の中に収まった。
「どうかな?」
母のアドバイスで家から持ってきた携帯用の鏡をアルフェに差し出す。
「わぁ……」
鏡を覗き込んだアルフェがゆっくりと瞬きを繰り返している。やがて満足したのか、顔を上げたアルフェは、目を潤ませて僕に抱きついた。
「リーフ、だいすき!」
アルフェが抱きつく強さを通じて、彼女の身体から溢れている喜びを僕も感じることができる。思えば昔から、嬉しいと手足をバタバタさせたりして、アルフェは嬉しいことや楽しいことを身体で表現するタイプだったなと懐かしく思い出す。もう赤ちゃんじゃないのに、そういう名残が残ってるなんて実に興味深い。
「どういたしまして、アルフェ」
僕としては、グラスの錬金術の知識を現代に応用したいという下心があったのだけど、それはそれとして、アルフェが喜ぶことをするのは、気分がいいな。僕が他人の喜びの感情に影響されるなんて、グラスの頃には考えたこともなかったのに。これもきっと、相手がアルフェだから、なんだろうけれど。
「あのね、リーフ。そのコンタクト、今日だけでいいからそのままにして?」
「その予定だよ。長期間装用のテストはしておきたいからね」
元々そのつもりだったので、アルフェにそのまま話したが、思いの外アルフェを喜ばせたようだった。
「ふふっ、おそろい。うれしいな♡」
アルフェが僕の腕に腕を絡ませ、頬を擦り寄せてくる。嬉しいのはわかるけれど、これはちょっと歩きづらいな。でも、アルフェの好きなようにさせておこう。僕だって悪い気分じゃないのだし。
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