教室の机の端に、灰色の粘土のような物質が入った容器が置かれている。アルフェとともに教室に入った僕は、授業の教室を誤ったのではないかと思ったがどうやら違うらしい。
「今日はなにをするのかな?」
「さあ……。でも、多分理論じゃなくて応用とか実践っぽいね」
アルフェの問いかけに答えながら、容器の中のものを注意深く観察する。見た感じ、目の前にある粘土のような灰色の物質は、錬金金属レイヴァスキンを錬成する際に発生する副産物だ。僕からしてみれば廃棄物なわけだけど、これでなにをするつもりかと言えばすぐには思いつかない。
レイヴァスキン自体は、等量の鉛と鉄に、無属性の魔石を加えて錬成するもので、非常に軽量でありながら丈夫さも兼ね備えた代物だ。これだけ大量にあるということは、軍の設備から譲り受けたものなのかもしれないな。父の話だと、新たな機兵が導入されたようだし、装甲にでも使ったのだろう。
そう考えると、授業で使われる材料ひとつとっても、この学校とこの街――ひいてはこの国との密接な関係が垣間見える。今後はさらに上位の教育機関も充実していくようだし、やはりこの小学校に入るという選択は間違っていなかったようだ。
この粘土の用途を考えていたのに、つい別のことを考えてしまった。とはいえ、この産業廃棄物にしかならない粘土をどうするつもりなのだろうか……。
「本日は『カイタバ』を使って、土器を作成します。きちんと作れば簡易錬金釜として使用できますので、みなさん、頑張りましょう」
三年次の選択授業から錬金術の担当となったヴァネッサ先生が、机の上の粘土の説明を終え、授業の目標を告げる。
説明を聞くまで知らなかったのだが、この産業廃棄物の粘土はどうやら産業革命が起きたあと、煉瓦の素材として再利用できることが発見され、道路の舗装材として広く普及するようになったらしい。現代では、カイタバと呼ばれるこの粘土は、この街の道路を構成している石畳にも使われているそうだ。
煉瓦としての性質を持ち、道路の舗装材として使用できるならば、簡易錬金釜の用途にも充分に耐えられるだろう。土器にするというのは面白い発想だな。
こうして思わぬところで自分では思いつかなかった用途を知るのは、現代で学び直す僕にとって新たな好奇心を生んでいる。しかし、知的好奇心が刺激されると、生前の研究の『続き』をしたいという欲求が湧いてくるな。グラスとしての僕が生涯追い求めていた『真理の探究』は、現代ではすっかり教科書に出てくるような過去の研究になってしまっているけれど、願わくば今世でもその域に到達していたいものだ。
そういえば、グラスとしての僕は、魔導書『真なる叡智の書』を『真理の世界』と呼ばれる異空間に保管していたんだったな。
あれには、グラスとして僕が築き上げてきた知識の全てが詰まっているし、過去に見たことがある全ての魔法を簡易術式の形で呼び出せるから、これからの人生を豊かにする手助けになるだろう。未完成の錬金術のメモも入っているし、黒石病絡みの研究は、そろそろ技術の方が追いついてきているかもしれない。今世でも同じ目に遭うのは勘弁してほしいが、この先なにがあるかわからないし、手許に置いておいて損はないだろうな。
ホムンクルスに身体を置換する際の不測の事態に備えて知識をバックアップしておいたのだが、神人に処刑されたせいで、転生後に取りに行くことになるとはなんとも皮肉なことだ。とはいえ、あの異空間は簡単に行き来できる場所でもないし、三百年経っているとはいえ、きっとまだそのままだろうな。それに僕以外の者が仮に手にしたところで、ただの白紙の分厚い本でしかないわけだし。手間はかかるが、異空間を開いて回収しに行くか。
粘土状のカイタバをこねながら、過去の研究に思いを馳せる。手指を動かしながら考えていると、昔の感覚が蘇ってくるのが面白い。
土器はヴァネッサ先生が推奨する簡易錬金釜にするとして、ある程度大きなものを作っておきたいな。僕でも持ち運べて、蒸留はできないけれど調合や煮詰めるのに使えるぐらいのものならば、使い捨ての錬金釜としても使えそうだ。錬成するものによっては、錬金釜を新しくする必要があるわけだし、そうでなくてもアルフェの角膜接触レンズのようなものは新品を使った方がいい。
それに異空間を開く儀式に使うダークライトの錬成には、使い捨ての錬金釜が必須だな。あれの材料になる反物質は人体への影響が懸念されるわけだし。
「……まあ、これは……」
ヴァネッサ先生の呟きが至近距離で聞こえ、現実に引き戻される。
「随分と本格的なものを作りましたね、リーフ」
考えごとをしているうちに、粘土はいつの間にか錬金釜の形を成していた。深く考えずに作っていたので、無意識のうちにグラスだった頃の僕が愛用していた錬金釜とそっくりなものが出来上がっていた。
「リーフの、かっこいい」
両手の手のひらほどの小さな錬金釜を作っていたアルフェが、僕に微笑みかける。机の上の容器に用意されていた粘土はほとんどなくなっているところを見ると、どうも僕がアルフェの分まで使い込んでしまったようだ。
「アルフェ、ごめん。僕、使いすぎてる……」
ヴァネッサ先生の発言も単に僕を褒めたのではなく、遠回しに非難していたのかもしれない。ばつが悪く首を竦めて先生の方を見遣ったが、ヴァネッサ先生はにこやかに微笑み、別の容器を僕の前に差し出した。
「用途を具体的に考えて作っている証拠です。必要なら好きなだけ使っていいのですよ」
「すみません……」
授業の後に相談しようと思っていたことが、早くも実現してしまった。
「リーフ、こういうときは『ありがとう』だよ」
すっかり恐縮してしまった僕に、アルフェがそっと囁く。どうにも気恥ずかしくて会釈でその場を濁すと、ヴァネッサ先生は大きく頷きながら穏やかに続けた。
「それから、しっかりとした実用に耐えるようにするのならば、カルマートで成膜しても良いですね。強度が上がりますから」
カルマートというのは、銀をベースに、ミスライト鋼を加えた銀色の錬金金属だ。温度変化を遮断し、冷気と熱に対する高い防御力を持つので、土器の表面にメッキすれば、耐熱性の向上が期待できる。
「高価なものですので、好きなだけ……というわけにはいきませんが、メッキの実演にもなりますからやってみましょうか」
「あ……ありがとうございます」
僕がやろうとしていることを常に汲んで、最適な振る舞いをしてくれる。本当にこの学校の教育方針には頭が上がらないな。