「デミトリ……」
マルクに肩を掴まれ、幾分か落ち着きを取り戻し乱れた魔力を制御する。
「すまない、もう大丈夫だ」
深呼吸をして、ヒューゴの方に向き直す。
「俺らは元々……盗賊にすらなれなかった街の荒くれもんだ。お嬢は、そんな俺らの面倒を見てくれた親方の忘れ形見なんだ。俺らがバレスタの下で働いてんのは、あの野郎からお嬢を守るためで……」
「ヒューゴ……」
「あー、しんみりしている所悪いんだが」
マルクが親指でバレスタ商会を指す。
「通りのど真ん中で話す内容でもないだろう。一旦場所を移さないか?」
「分かりました。行きましょう、みんな」
男達と少女が一斉に拘束から抜け出し、地面に捨てられた武器と仲間を手際よく回収してすたすたと店に向かって歩いていく。
歯ぎしりをしながら、ヴィセンテの剣を握る手が震える。
「舐めているのか……?」
「デミトリ、気持ちは分かるが落ち着いてくれ……」
店内に入り、呑気に席についていた男達と少女が逃げられないよう店の扉と窓を全て水の壁で塞ぐ。
「何を――」
「いい加減にしろよ、お前ら」
男達が反応する隙も与えず、少女の首から下と少女の横にあったテーブルを水の檻で覆う。
「おじょ――」
「黙れ!」
「デミトリ、深呼吸だ。深呼吸」
マルクに宥められながら、再び深呼吸をして水の檻に捕らわれたテーブルを指差す。
「全員、よく見ていろ」
少女と男達がテーブルを見守る中、水の檻を圧縮する。瞬く間にテーブルが潰れ、人の頭ほどの大きさの木片の塊になり果てた。男達は顔面蒼白になり、少女は恐怖で再び涙を流し始める。
「次舐めた真似をしたらこいつも同じ目に合わせる。質問された者以外喋るな。質問された内容以外について話すな。敵対行動を取ったと判断した瞬間殺す」
「一応、俺からも補足させてもらう」
マルクが一歩前に踏み出し、男達を威圧しながら話し出した。
「さっきまでは過剰防衛になりかねないと彼を止めていたが……拘束され投降することを承諾したにも関わらず、すぐに抜け出せるように小細工していた以上もうお前らを擁護できない。武器もちゃっかり回収しているし、次何かするなら死ぬ覚悟をしてから行動するんだな」
先程よりも更に顔色の悪くなった男達に背を向けながら、マルクがこちらに寄り小声でそっと耳打ちしてくる。
「あいつらが全面的に悪い、面倒事になったとしても冒険者ギルドがケツを拭く。君の精神衛生のためにも無駄な殺しはして欲しくないが……何があっても一人じゃないから安心してくれ」
先程まで頭に上っていた血が、一気に引いていく。
――俺だけの問題じゃない、俺の行動次第でマルクにも迷惑が掛かる……
当たり前過ぎる事に、怒りで我を忘れて思い至らなかった事に恐怖する。
――前は、こんなに短絡的じゃなかったはずだ。自分を見失うな……
早まる鼓動と加速する不安を落ち着かせるために、三度深呼吸をする。
「……ありがとうマルク、今度こそ本当に大丈夫だ」
「無理をするなよ?」
マルクと頷きあってからヒューゴと視線を合わせる。
「別にお前たちの半生を知りたいわけじゃない。長話に付き合う暇もない。隷属魔法について端的に教えてくれ」
「バ、バレスタ商会の会長、シモン・バレスタが俺らの親方の借金の担保としてお嬢を預かってたんだが……親方が死んで返済できなくなっちまった。借金自体バレスタの野郎に嵌められたようなもんだ。借用書もないから借金奴隷にならなくて済むと思ったのに……潜りの闇魔術士を雇ってお嬢に隷属魔法を掛けたんだ」
「端的にと言ったよな? 無駄な背景はいいから、どういう風に行動が制限されているのか説明しろ」
「お嬢はこの商会の半径二十メートルから外に出られねぇ……さっき立ってた道を渡った先辺りが限界だ。それ以上距離が離れると……最悪死ぬ。憲兵を呼びたくても、呼べねぇんだ」
「っぐ!?」
少女が呻き声を上げて男達に動揺が走る。
「呼びたくても呼べないんじゃなく、そもそも呼ぶ気がなかったの間違いだろう? まさか心象を良くしたいのか? 聞いた事以外話した時点で殺すと言っていたよな?」
「すま――」
ヒューゴが口を両手で塞ぎ、頭を床に擦りつけたのを見届けて少女に掛けていた圧を緩めてマルクの方を見る。
「どう思う?」
「彼女の行動からして、隷属魔法を抜きにしても犯罪の幇助をしていると見られる可能性が高い。止めにも入らなかったから、あくまで法の観点だけで見るなら同罪になるかもしれないな」
「まぁ、そうなるだろうな……」
「どうして!!」
「お嬢、だめだ!」
少女が泣きわめきながらこちらを睨みつけてくる。
「普通に生きたいだけなのに……どうして私がこんな目に遭わないといけないんですか!? なんで……なんでこんな商会で軟禁されないといけないんですか!? 何も出来ないから見守っていただけなのに、どうして犯罪者扱いされないといけないんですか!!?」
――なんだ、この魔力は!?
少女が急に放ち始めた異様な魔力に包まれ、頭がくらくらする。展開している魔法が解除されてしまわないように、必死に制御する。
「転生したのに……!!前世は満足に生きられなかったから……今度こそ精一杯生きるって決めていたのに!! なんで……なんでお父さんを死なせた上に、あんな奴の奴隷にならなくちゃいけないんですか!? 私が何をしたって言うの!?」
「デミトリ、彼女の言う通りかもしれない」
「マルク!?」
虚ろな目で、マルクが少女を見つめている。男達の方を見ると、マルクと同様虚ろな目で少女を見つめていた。
「おい、落ち着け!! 今すぐ魔法を解け!!」
「なんで……どうして……死にたくない!! 普通に生きたいだけなのに!!」
「魔法を解かないと、助けられないから言う事を聞け!!!!」
「助け……?」
少女の放っていた魔法が弱まる。魔法を放つために相当無理していたのか、少し呆けた表情で少女が俺と視線を合わせる。
「助けてくれるの……?」
「同郷のよしみだ」
「えっ?」
少女の魔法が完全に止まった。
――落ち着いてくれてよかった……
「っぐ、頭が……」
「マルク! 大丈夫か!?」
「……ああ、なんとか、な」
頭を押さえながら、うろんな表情でマルクが少女を見つめる。
「あの魔法は……」