「ヴァネッサ、散々店を贔屓にしてやったのに通報なんてしやがって!」
「おい、暴れるな! 連れていけ!!」
ヒューゴ達が憲兵に連行される中、ヴァネッサが俯きながら涙を零す。
「マルク殿、デミトリ殿。今回の件は情報提供をして頂いたにも関わらず、護衛も付けずに帰した憲兵隊の落ち度だ。伏して謝罪する! ヴァネッサ嬢も怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳なかった」
「気にしないでくれ、駆け付けてくれて助かった」
「……ここだけに留めて欲しいが、憲兵隊はシモン・バレスタの捕縛――事情聴取のため準備を進めている。奴は丁度街を空けていているみたいなので後日になるが、貴殿達を参考人として招致させて頂くかもしれない――」
憲兵隊長がマルクと今後について話している横で、ヴァネッサに小声で囁く。
「……耐えてくれ」
魔力が乱れそうなヴァネッサを心配しながら待っていると、マルクと話し終わった憲兵隊長が兵を引き連れて去って行った。ほぼ無人となった酒場で、マルクがおもむろにカウンター席についた。
「今後の話をしたいが……どの道今夜は残業確定だ。申し訳ないがエールを貰えないか?」
「……はい」
「デミトリも飲めるな? ヴァネッサも飲める年だろう? 三杯頼む」
おぼつかない足取りでカウンター裏に向かうヴァネッサを見守りながら、マルクの横に座る。
「俺は、ほぼ飲んだことが無いんだが……」
「丁度いい、冒険者は付き合いで飲む機会が多いから今のうちに慣れておけ!」
――マルクはなんだか吹っ切れた様子だが……酒か。グラードフ領では片手で数えられるほどしか機会が無かったが、儀礼に参加した際一口程度ワインを飲んだことはあるが……ちゃんと酒を飲んだ事がないな。
心ここにあらずという様子のヴァネッサが、ぼーっとしながら慣れた手つきでエールを準備していく。ジョッキに波並みに注がれたエールを三杯持ってくると、マルクが我先にジョッキを掴み掲げた。
「色々思う所はあると思うが、一旦乾杯しよう! 光神ルッツに感謝!」
勢いよくエールを飲み干したマルクに倣い、ヴァネッサと共にジョッキを取りエールを一口飲む。
――苦いな……
「ほぼ飲んでないじゃないか、遠慮しないでくれ!」
ヴァネッサと目を見合わせて、マルクに促されながら二人してジョッキを飲み干す。
「よし、乾杯は済んだしもう一杯飲むか!」
――――――――
――デミトリの精神状態が不安だったので気を紛らわせるために酒を勧めたが、失敗したかもしれないな……
「転生だかなんだか知らないが……あいつらは、人の命を弄んで何がしたいんだ……! なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ……!」
「デミトリさん……そうだよね!! 私も、こんな事になるなら転生なんてしたくなかった……!」
「デミトリでいい!」
「はい!」
「……目的は分からないが、神々は随分と身勝手なものなんだな……」
デミトリとヴァネッサから聞いた話を受け止め切れず、頭を抱える。カウンターに項垂れながら顔を赤らめた二人が、何杯目か分からないエールのジョッキを空けた。
「家族には虐げられ、逃げた先のストラーク大森林で死にかけ、ヴィーダでも転移者とのいざこざに巻き込まれ……開戦派や教会にも狙われて……!」
「普通に生きたいだけなのに……」
「ヴァネッサの話も許せない……何が月の女神だ、『魅了魔法を授けるから面白おかしく楽しんで』だと!?」
「……! そう……そうなんです!! 制御できなくて……そんな事ないと信じたいのに、私のために色々とがんばってくれていたヒューゴ達も心の底から信用出来なくて……! そんな自分が嫌いで……私を助けるためにあんな嘘まで付かせたのに……!!」
カウンター裏に並べられていた酒瓶が、荒れに荒れる二人の魔力の揺らぎに耐えられず一斉に罅が入る。
――これは、少々やばいかもしれない。
年長者として二人を何とか落ち着かせたいが、酒も入り盛り上がるデミトリとヴァネッサを止められそうにもない。
「俺は……果たさないといけない約束がある。勝手に転生させられて、神の気まぐれか知らないが人生をめちゃくちゃにされて大人しく死ぬつもりはない。ヴァネッサも、そうだよな!?」
「はい!!!」
「マルク! とにかく隷属魔法をどうにかしないといけない、方法はあるのか!?」
唐突に話を振られ、現実逃避しながら口元に運んでいたジョッキをカウンターに下げる。
「教会を頼っていると足元を見られて高額な寄付を求められるから、冒険者ギルドで専属の解呪士を抱えている。朝一で手配するから、余程の事でもない限り明日隷属魔法を解けるはずだ」
「よし! ヴァネッサ、バレスタは不在みたいだがいつ帰ってくるんだ!?」
「ダリードで商談があるらしくて、今週一杯は帰って来ないみたいです!」
「ヒューゴが言っていたみたいに正式な手順で借金奴隷になってないのであれば、隷属魔法を解除さえすればバレスタが帰ってくる前にヴァネッサを保護しても問題ないよな!?」
「勿論だ。ギルドが隷属魔法を解除した事の証人になるから、憲兵隊に捕まった後バレスタを訴える事もできる」
「じゃあ、早速ギルドに行こう!」
口調ははっきりとしているが、明らかに泥酔している。立ち上がろうとしたデミトリは、そのままカウンターにもたれ掛かりながらずるずると地面に滑り落ちて行った。