二人に気を取られていて気づかなかったが、振り向くといつの間にかイムランとアイアンフィストの面々が後ろに立っていた。
「イムラン、二人は……ちょっと飲みすぎただけだ」
寝息を立てながら動かないデミトリとヴァネッサを見ながら言葉を濁す。
「ちょっと所じゃねぇと思うが……」
「……それよりも、そっちこそどうしたんだ?」
「なんか問題に巻き込まれたらしいな? ギルドはここから目と鼻の先なのに、わざわざ指名の護衛依頼を貰ったぜ」
「それは……申し訳ない」
「気にすんな! でもこんな夜中に宿まで連絡が来てびっくりしたぜ? お前とデミトリが護衛対象だったからすっ飛んで来たが、酒を飲む余裕があるならもう色々と片付いた後みてぇだな」
イムランと話しているとアイアンフィストの治癒術士を務めるオスカーが、慣れた手つきで酔い潰れた二人を診察すると解毒魔法を掛けた。
「応急処置はしておいたから、あんまり酷い二日酔いにはならねぇと思う」
「ありがとう」
「うし、じゃあ二人は俺らが担ぐからギルドに行くか」
「待ってくれ!」
動き出そうとしたアイアンフィストを慌てて止める。
「ちょっと事情があって、彼女をここから動かせない。俺がギルドに行って戻ってくるまでの間、二人を護衛していてくれないか?」
「護衛対象のお前を一人で行かせられるわけないだろ」
「それじゃあ、すまないがお前だけ付き添ってくれないか? 依頼書を渡してくれ、俺の希望で依頼内容を変更したことを追記する。その分今回の依頼の評価も上がる」
「俺らは構わないが……一体なにがあったんだ?」
手渡された依頼書に書かれていた依頼主を見て、大きなため息を吐く。
「ギルドマスターは本当に……すまない。今は説明出来ない」
「……分かった。オスカー、ダリオ、ロジャー、俺はマルクと一緒にギルドに向かうから後の事は任した」
「「「おう」」」
――――――――
「痛っ……」
――ここは……バレスタの酒場か……
ひどい頭痛に苛まれながら、固い床の上で起き上がる。一晩明けたのか、バレスタの酒場の外は朝焼けに照らされ、人数は少ないが通りを行きかう人も見える。
「起きたみてぇだな、体調はどうだ?」
「イムラン……?」
乾いた喉から、聞き慣れないガラガラの声が発せられた事に驚く。
「ほら、これを飲め。酒を飲む時は、最低でも飲んだ量と同じ量の水を飲んどけ!」
「すまない……ありがとう」
渡された革袋の水筒を反転させ、一気に中身を飲み干す。温い水が、水分を求めていた体に沁みる。
「お前が起きて、問題なさそうだったらすぐギルドに報告しろって言われてるんだが大丈夫そうか?」
「ああ……」
「じゃあ俺らはギルドに向かうから、後は任せた! ヴァネッサはカウンター裏で寝てるからな!」
アイアンフィストがギルドに向かうのを見届けてから床から立ち上がり、カウンター裏を確認する。床の上で、ヴァネッサが毛布にくるまって眠っていた。
――毛布はイムラン達の物か? 後で返さないとな……マルクは……ギルドに報告しに戻ったのか。昨日言ってた解呪士の手配……
カウンターに座り、昨日の事を思い出しながら片手で目を覆う。
――迷惑を掛けただけでなく、転生について話してしまった……
何時眠ってしまったのかは分からないが、話した内容については驚くほど鮮明に覚えている。マルクには自分の秘密と、ついでにヴァネッサの秘密も酔った勢いで暴露してしまった。
――マルクは、ギルドに報告するだろうか……転生者だとばれたら……
『前の前のますたぁが言ってたけど、計画性も大事だけど結局なるようにしかならないんだって! でも絶対なんとかなるって信じて行動してれば、大体なんとかなるって』
――なんとかなる……か。
ラスの言葉を思い出しながら、心を落ち着かせる。心配するよりも、なんとかなると信じてみる。
「うーん……?」
「……おはよう」
「おはよう……ございま、す!?」
カウンター裏からごそごそと音がする。しばらくすると、ゆっくりとヴァネッサの頭がカウンターの先から浮上してきた。
用意していた水を差し出す。
「ありがとうございます……」
立ち上がったヴァネッサが、水を受け取り一気に飲み干す。自分もそうだったが、相当喉が乾いていたんだろう。飲み終わったヴァネッサから革袋の水筒を受け取ると、酒場に気まずい沈黙が訪れる。
「……デミトリさん」
「昨日も言ったが、デミトリで良い」
「昨日……」
ヴァネッサが顔を両手で覆ってしまったが、気持ちは分かる。自分もあまり酔い潰れた事について思い出したくないので話題をそらす。
「今、俺達が起きた事をギルドに報告してもらっている。起きた時にはマルクがいなかったし、しばらくは待機で良いと思う」
「えっと……」
「解呪士のことが気になるのか? すまないが、俺もマルクに聞かないと分からない――」
「違うんです」
共有をしながら、自然と酒場の入口に向けていた視線をヴァネッサに戻すと、困惑しているような、期待しているような曖昧な表情でこちらを伺っていた。
「デミトリは、本当に大丈夫なんですか……?」
「……? 何がだ?」
「私の事、好きになってませんか?」
「ああ、魅了魔法の事か? 受けた時気持ち悪かったが、今は何ともない」
「気持ち悪い……本当に今は大丈夫なんですね?」
「こう言ったら失礼かもしれないが、微塵も好きではないから安心してくれ」
聞かれてる内容は茶化されていると思ってしまっても仕方がないものだが、ヴァネッサの事情を知っているので真剣に答える。
「言い方……」
「これぐらいはっきり言わないと、逆に心配じゃないか?」
「そうですね、ありがとうございます……」
「自分の意思で発動しているわけではないんだな?」
「はい……」
「そうなると、隷属魔法を解いたら早めに魔法を制御できるようにしないといけないな……魔法の使い方を習った事はあるか?」
「私は、ここで軟禁される前は家で軟禁されてたので……」
辛そうに黙り込んでしまったヴァネッサを見て軽率な発言を後悔する。
――あの魔法のせいで色々と苦労してきたんだろう、過去についてあまり踏み込んだ質問は避けるべきだった。
「家で軟禁されたのも、父が死んだのも……借金も、全部私のせいなんです……」