ギルドマスターに指摘され再び手を離そうとするが、身体強化を発動しないと解く事が無理な程強く手を握られているので早々に諦めた。
「おはよう……」
「マルクから報告を受けたが、また面倒毎に巻き込まれたみたいだな。憲兵隊と夜通しやり取りをしてへとへとだよ」
「ほとんど俺に任せて――」
「マルク、デミトリと大事な話をするから聞かれるまでは口を挟まないでくれ」
事も無げにそう言い放つギルドマスターの横で、定位置に立ったマルクが不服そうに黙る。
「今回君が死体剥ぎから得た情報を元に、憲兵隊はシモン・バレスタの捜索を開始した。ダリードに兵が向かっているはずだが、そこでバレスタを捕縛出来なかった場合逃走したとみなしてバレスタ商会の家宅捜索が行われるだろう」
――かなり動きが早いが……あの紙だけでなく、ヒューゴ達も捕まった後尋問されたらバレスタ商会の黒い繋がりについて話すと言っていたし妥当だな……
「デミトリには申し訳ないが、しばらくの間依頼は控えてくれ。参考人として呼ばれた場合、依頼で不在だと色々と面倒だからな」
「分かった」
「バレスタが捕まったら冒険者の活動実績として認められるし、待機した日数分の手当も出るからそこら辺については安心してくれ」
「そこは、特に気にしていなかったが……それより、ヴァネッサはどういう扱いになるんだ?」
繋いだ手越に、ヴァネッサの体が一瞬跳ねたのが分かる。
「違法な隷属魔法を掛けられていた件はギルドから憲兵に報告済みだ。リディア氏にも鑑定書を提出して貰うから、死体剥ぎの件がなくてもバレスタはもうお終いだな。彼女はもう自由の身だが……彼女の魔法が問題だ」
「……魅了魔法の事か?」
「そうだ。過去に魅了魔法の使用者が国家転覆を企てた事もあり、ギルドとしても国に報告する必要がある。王国に保護される事に――」
「それは駄目だ」
言葉を遮られ、ギルドマスターが目を見開く。
「別に取って食うわけじゃ――」
「飼い殺しにするか、魔法を封じるつもりだろう、最悪……」
――そこまで危険視するなら、亡き者にされてもおかしくない……
「……デミトリ、気持ちは分かるが精神を操作できる魔法は危険だ」
全てを諦めてしまったのかのようにヴァネッサの手から力が抜けて行くのを感じ、安心させるために強く握り返す。
「それだけでは、ヴァネッサを保護する理由にはならないな」
「彼女を疑うわけではないが、今後問題を起こさないと保証できるのか?」
「そんな事を言うなら、俺だってその気になれば魔法を使って暴れられるが? 問題を起こさないと保証できるのか?」
「君の魔法と、彼女の魔法は違う――」
「使える魔法は違っても事の本質は変わらない。罪を犯すのかどうかすら分からないのに、未然に防ぐ為に何をしてもいいなら……それこそ一定以上の魔力を持った人間を、全員監視下に置かなければおかしいと思うが」
「それが極論だというのは、君も分かって言っているだろう……」
「特定の魔法を使える者だけ差別して危険視するのも、同じ位偏った考えじゃないか?」
ギルドマスターが珍しく弱った様子で溜息を吐いた後、おもむろに立ち上がり執務室の窓を開けた。
「ニル、どう思う?」
「……私に話を振るな、ばれるだろう」
「返事した時点でもう隠しようがないぞ」
「……! 全く……」
何事かと思っていると、全身黒い装束に身を包んだ男が窓から執務室に入ってくる。
「ニル、自己紹介をしてくれ」
「私は王家の影だ! 気安く名前を明かすんじゃない!」
――全身黒ずくめだと、逆に目立ちしそうだが……ギルドの裏路地は人通りがすくないが、二階の窓の外に張り付いてたらすぐに気づかれないか?
ニルの突然の登場にヴァネッサだけでなくマルクも驚いている様子だったが、ヴァネッサの保護の件でぐちゃぐちゃになってしまった感情を落ち着かせるため、どうでもいい事を考える。
「デミトリとヴァネッサと言ったな? 私は王家の影に所属する人間だ。昨晩報告された、魅了魔法の使用者を保護するために派遣された」
「……断る」
「デミトリ……信じて貰えるか分からないが私も魅了魔法を使える」
「え?」
「言うよりも、見せた方が早いな」
ニルから魔力の揺らぎを感じた直後、マルクがニルに詰め寄り両手で彼の肩を掴んだ。
「俺と、結婚を前提に――」
「解除」
「っ!?」
慌ててニルと距離を取るマルクを無視しながら、ニルが説明を続ける。
「御覧の通り魅了魔法を使えるが私は生きている。君の想像している最悪の事態にはならないから安心してほしい」
「……」
「この世の全ての人間が、君の様な考えを持っていたらと私も思うが……残念ながら精神を操作する魔法は、何時の時代も忌避される。善良な魅了魔法の使い手が、差別の末に殺された事もある」
「だが――」
「厳しい事を言うが、君は彼女を守れるだけの力を持っているのか? もしも彼女が悪意に耐えられず絶望して、魅了魔法を私欲のために使い始めたら彼女を止められると約束できるのか?」