話し合いが終わり、解散した後無言のままヴァネッサとギルドを出た。昼前の通りは依頼に向かう冒険者とギルドに入って行く冒険者で込み合っていて、邪魔にならないようにバレスタ商会近くの広場まで歩く。
――これからどうすればいいんだろうな……
今はとにかく、人込みを避けたい。ヴァネッサの魅了魔法が誤発動でもしたら収拾を付けられる自信がない。
「ちょっと距離があるが、街の中央の公園に行こうと思う」
「……分かりました」
ヴァネッサの口数が、保護の件を聞いてから極端に少ない。元気がなさそうなのは気になるが、今はとにかく移動を優先することにした。
街の中心に向かう道を歩いていると、バレスタ商会に差し掛かる。破壊された商会の看板と滅茶苦茶になってしまった店先を野次馬たちが囲んでいる。
「お! ヴァネッサじゃねぇか!」
商会の前で野次馬をしていた住民の中から、繁華街でもめずらしい位堅気に見えない男達が人を掻き分けながら寄ってくる。
「なんだ、店の外に出てんのもめずらしいが男と朝帰りか?」
「店で誘ってやった時はそっけねぇ態度だったくせに、こういう奴が趣味だったのか? 俺達ともちょっと付き合ってくれよ」
値踏みをするようにこちらを観察する男達の視線から、ヴァネッサを隠す。
「なんだてめえ、騎士気取りや――」
「現場の検証の邪魔になる、住民は直ちにこの場から離れろ!!」
凄みながらこちらに迫って来ていた男達が、商会から出てきた憲兵達の一声を聞き止まる。
――憲兵達はいつから居たんだ?朝から現場検証していたなら、住民を解散させるのは今更な気もするが……
「君はこの酒場で給仕をしていたヴァネッサだな? 聞きたい事があるから隣の男と一緒に付いてきてくれ」
「ちっ……」
一直線にこちらに近づいてきた憲兵に話しかけられた。敢えて初対面の振りをしてくれたが、昨日死体剥ぎ達から手に入れた紙を渡した憲兵だ。
ヴァネッサを安心させるために一度目を合わせて頷いてから、憲兵の後に続きながら商会から離れる。
「……すまない、助かった」
「礼には及ばない。さっきの男達は朝っぱらから商会の周りを嗅ぎ回っていたから、バレスタの関係者かもしれないと我々も見張っていた。まさか白昼堂々我々もいるのに君らに突っかかるとは思わなかったが」
ある程度商会から距離を離してから、先導して歩いていた憲兵が停止する。
「ここまで来れば大丈夫だろう。あの輩は憲兵隊が確保しているはずだから心配しないでくれ。目的地まで護衛できなくてすまないが私はここで失礼する。気をつけてな」
「助かった、ありがとう」
軽く礼をすると、憲兵が商会の方向に戻って行く。
――バレスタの手の者が戻ってこないか見張っているのか?
商会を張っている理由が分からず、考え事をしながら街の中央に向かって歩み続ける。
「あの……」
「どうした?」
「デミトリに、説明しないといけない事があります」
ヴァネッサが急に立ち止まってしまった。
――公園までまだ距離はあるし、話したいことがあれば早めに聞いてあげた方が良いかもしれないな。
かなり人通りが激しいので、ヴァネッサの手を引きながら路地に避難する。
「ここなら大丈夫だろう」
「……わざわざすみません。私……魅了魔法以外にも、加護を貰ってるんです」
――俺と違って、望まれて転生させられたなら加護は貰ってそうだと思ったが……
俺と似て、ヴァネッサも神の介入で苦しめられている。決定的な違いは、彼女は転生する時に月の女神から力を与えるから面白おかしく楽しめと言われていた事だ。境遇は似ているが、転生した経緯があまりにも違う。
「加護は……基本的に持っていて困るものじゃないはずだが?」
「私の加護、月神の加護は……私に都合良く周りを狂わせるんです」
「自分に都合良く周りを狂わせる……?」
「無意識に発動してしまった魅了魔法の影響を受けても、誰も私を無理やり襲わない。衣食住も提供されて、隷属魔法で行動を縛られても魔法の発動を禁止されなかった。私の身の安全を確保できる程度に、加護が私に関わる人間を少しだけ狂わせるんです」
ヴァネッサが、未だに繋いでいた手をばっと離す。
「デミトリも……ここまで私のわがままに付き合ってくれたのは、加護の影響を受けている可能性が高いです……」
――良くない状態だな……
過呼吸になりながら、ヴァネッサが後ずさって行く。
「やっぱり、私と関わったらだめなんです。保護の話もおかしくないですか? デミトリも気づいてますよね? 王国に報告義務がある程重要な事なのに、こんな適当な措置あり得ないじゃないですか」
「それは……俺も考えないようにしていたが、気にはなっていた……」
「ニルは魅了魔法に耐性があっても、加護に耐性がないと思うんです。結局……私に近づいた人は皆狂うんだ……もう、一人で――」
「ヴァネッサ、先に謝っておく」
「えっ?」
無防備なヴァネッサに近づき、頬を平手打ちした。人気のない路地に、バシンという音が響き渡る。
「痛!! なっ、なんで――」
「加護の影響を受けた人間から危害を加えられた事はあるか?」
「ないです……」
「じゃあ、取り敢えず俺は大丈夫だな」