――他の転生者も月神の加護の影響を受けないのか、俺が加護を持っていないからたまたまなのか、原因が分からないのが気掛かりだが……
「なんて事するんですか!?」
「元気を取り戻せたようで良かった」
ヴァネッサが両手で抑えている頬には、くっきりと手の跡が残ってしまっている。少し力を入れすぎたかもしれない。
「赤みが引くまで通りには戻れないな……」
「確認するだけなら、そんなに強くびんたする必要ないじゃないですか!」
「変に手加減したら、俺が月神の加護の影響を受けていてヴァネッサを安心させるために行動しただけだと考えたかもしれないだろう?」
「それは……」
図星を突かれてヴァネッサが沈黙する。収納鞄から手拭いと水筒を取り出し、濡らして絞ってから頬を冷やすためにヴァネッサに手渡す。
「悪かった、でもまた魔法暴走を起こされたら今度こそ殺すぐらいしか止める方法がなかったかもしれない。理解してくれ」
「……分かりました……」
納得はできていない様子でヴァネッサに睨まれるが、気にしない事にする。
「ヴァネッサが生きたいと言ったから憲兵に嘘を付いてまで助けたんだ。早々に諦められたら困る」
「ごめんなさい……」
「……それにしても、月神の加護か。厄介だな……」
またヴァネッサが落ち込みそうだったので強引に話題を変える。ヴァネッサは、ニルも加護の影響を受けていそうだと言っていたが、判断がつかない。実際どれほど周囲に影響を与えるのか、検証もできそうにない。
「一旦加護の事は忘れてくれ」
「え……?」
念のため周囲に人がいないことをもう一度確認してから、路地の壁にもたれ掛かる。
「加護の制御はできないんだろう?」
「はい……」
「なら悩むだけ無駄だ」
「そんな事言っても――」
「ヴァネッサも今朝聞いていたと思うが、俺なんか三神に呪われている。いちいちどうしようもない事を気にしていたら、それこそ気が狂ってしまう……」
遠くで微かに大通りの喧噪が聞こえてくるが、路地裏は気まずい沈黙に包まれる。ヴァネッサがしゃがみ込み、地面を見つめ始めてしまった。
「なんでこんなことに……」
――ごもっともな疑問だな……俺も知りたい……
「……デミトリは、なんで諦めないんですか?」
涙目になりながら見上げるヴァネッサの問いに、どう返答するべきか迷う。ここまで関わってしまったのに、信用してもいいのかが分からない。
――……こちらから歩み寄らないと、どうしようもなさそうだな……
不可抗力ではあったが、マルクとヴァネッサは今世で初めて自分の事情を打ち明けた相手だ。ここでヴァネッサを拒絶してしまえば二度と人を信じられなくなってしまいそうな不安を感じて、話すことを決心する。
「……昨晩、約束を果たすまで死ねないと言ったが……ヴィーダ王国に逃げている最中、たまたま冒険者達の遺体を発見した。彼等が残した装備や物資がなかったら俺は確実に死んでいた……その恩を返すために、俺は彼等を故郷の村に届けるまで死ねない」
「そういうことだったんですね……」
「約束と言ったが、一方的にそうしたいと思っていると言った方が正しいな」
――改めて考えると、めちゃくちゃな話ではある。カテリナの日記を読んで、マサトから二人が受けた仕打ちに憤慨したのが決め手だった。
マサトの事を思い出し、嫌な記憶の連想でメリシアに辿りついてから出会った転移者達の事が頭をよぎる。
「……メリシアに来てからヴァネッサを含めて、異世界から来ていそうな人物に既に3人出会っている。この調子だと今後も出会いそうだな……」
「そんなに出会ってるんですか!?」
「まだメリシアに到着してから一カ月も経っていないのに、正直異常な頻度で遭遇しているな……ヴァネッサは、俺以外に出会ったことはないのか?」
「私は……多分ないと思います――」
――俺の運が悪いだけなのか?
「――ずっとあの商会の酒場に居たので……客層もヒューゴ達以外はバレスタが抱えてる荒くれ者ばかりでした」
「そうか……」
「他にも異世界から来た人に出会ったってことは、仲間がいるんですか?」
「いや……」
期待を込めた眼差しでこちらを見つめられても困ってしまう。正直に話すべきか躊躇ったが、ここまで来たら全て共有してしまったほうが楽かもしれない。
「……冒険者ギルドを初めて訪れた時、丁度パーティーから追放されているセイジという少年に出会った」
「わー、ありきたりな展開ですね」
――ヴァネッサも、そこは共通認識か。
「後から聞いた話だと、セイジが全面的に悪かった。仲間と言い争った後毒を盛った疑いがある。そもそも言い争いになったのは、ポーターを任せられていたセイジが仲間の所持品を盗んでいるのが発覚したからだ」
「うわぁ……」
思わず声に出して反応してしまったみたいだが、セイジの行動に対して嫌悪感を抱いたのはヴァネッサの表情が物語っている。
「彼は冒険者証を剥奪されて、冒険者ギルドやギルドに関わる施設で働けないはずだ。俺と行動していればまず出会わないと思うが……黒髪黒目で独り言が多いから、見たら直ぐに分かると思う。毒や薬に関連する能力を持っているかもしれないから出会ったら気を付けてくれ」
「はい……」
「後俺が出会ったのは、カズマと言うこれまた黒髪黒目の元冒険者なんだが……彼については説明する必要もないと思う」
「なんでですか?」
「……色々あったので端折るが、冒険者ギルドで暴れて犯罪奴隷になった」
「碌な人がいないじゃないですか……」
肩を落として地面を再び見つめだしたヴァネッサの姿に安心する。
――自分と価値観が似ている事を確認できただけでも、話した甲斐があるかもしれないな。