「月の書を燃やしちゃったかー。あれ、作るの大変だったんだけどなー」
水面に移るヴァネッサから視線を外して、玉座に座り直す。
「まぁ……隷属魔法も解けて新しい保護者と出会えたし、ヴァネッサが幸せなら許してあげても良いんだけど……悩ましいなぁー」
愛し子をバレスタ商会から救い出した、デミトリという青年の扱いに困ってしまう。
「私の加護の影響を受けずに正気を保ててるっぽいのはすごいけど、ヴァネッサみたいに静かに狂ってそうなのが厄介なんだよねー。でも見た感じ考え方も行動も一本芯が通ってそうだし、ヴァネッサを守ってくれそうだしなー」
「ミネア、いる?」
返事も待たずに領域に入って来た命神に、一瞬眉を顰めたがすぐに表情を取り繕う。
「ディアじゃん、珍し――」
「あなた、今愛し子を見守ってるわよね?」
――……なんか焦ってない?
「……そうだけど?」
「色々と……手違いがあって、私の加護を与えるはずだった子が神呪だけ授かって転生してしまったの。加護を授けてないから動向を追えなくて、もし見つけたら教えてくれないかしら」
――ふーん……?
「……加護をあげないで神呪だけ授けて転生させたなんて、大問題じゃん」
「っ! とにかく、見かけたら共有して」
「そんな事言われてもなー手掛かりがないと――」
「あなたの愛し子はヴィーダ王国にいるんでしょ? 私が探している子もヴィーダ王国にいる可能性が高いわ。ガナディア人で、紺色の髪をしたデミトリって子よ。ヴィーダでは珍しい名前と容姿だから、見たらすぐに分かるはず……とにかく、お願いね」
言いたい事だけ言って、命神が去って行く。
――お高くとまってるあいつが、あんなに焦るなんて珍しー。それにしても、ヴィーダでは珍しいデミトリって名前の子ねー?
水面に身を寄せて、早速ヴァネッサと共にいるデミトリの魂を覗き見る。
「へー……! 敢えて確認してなかったけど、想像以上におもしろそうな子じゃん! 私の加護も自力で跳ね退けたんだ……いい具合に狂ってるね」
命神だけでなく、闘神と水神からも神呪を授かっているのはなぜだろう? 愛し子のヴァネッサ程ではないが……実に好ましい狂気が花開いてしまうのを、必死に抑えているのが一目見ただけで分かる。
「ヴァネッサの面倒も見てくれそうだし、ミネア応援したくなっちゃうなー。ディアが困るなら一石二鳥だし……ヴァネッサと似た者同士なのがちょっぴり心配だけど、なんとかなるでしょ」
今後もデミトリの行方をディアガーナに伝えるつもりは微塵もないけど、彼の行く末はヴァネッサと共に見守ろう。
神力を贈り物に込める。
「ヴァネッサを守って、私の事も楽しませてねー」
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神呪:月下鏡心
理性に埋もれた狂気の種が月明かりに照らされた時、芽吹くのは狂乱か、将又それ以外の何かなのか。抗って心を保つか、狂気を生み出した虚に慣れ果てるのか、選択は委ねられた。