ヴァネッサの魔法感知の才能に素直に感心する。これだけ感覚が鋭ければ、コツさえ掴めばすぐに自分の魔力を知覚して制御できそうだ。
「気休め程度だが、警戒をしないといけない。それに――」
「どうせストラーク大森林の旅で、警戒しながら休むのに慣れてるから大丈夫だって言うつもりなんじゃないですか?」
「実際慣れているのは事実で――」
「今日話してみて、何となくですけどデミトリの性格が分かりました。魔法をずっと使い続けて、今夜も警戒しながら寝て……何を言っても明日も明日以降もそうするつもりなんですよね? それなら、せめてちゃんと休んでもらわないと困ります」
「気を遣ってくれるのは有難いが、本当に大丈夫だ」
ヴァネッサが微動だにせずこちらを見下ろして来る。
「ヴァネッサも座ったから分かると思うが、このソファはかなり快適――」
「そういう問題じゃないのは分かりますよね? デミトリがソファで寝るのを譲らないなら、私は床で寝ます」
「そんなことをしたら宿を取った意味がないだろう……」
「なら、ちゃんとベッドで寝てください」
ヴァネッサの指差す先には、二人用の寝台がある。二人用の部屋と聞いて、てっきり一人用の寝台が二つあると思っていたが……どうやら宿の店主の妙な気遣いで恋人用の部屋を手配されたらしい。
「……代わりにソファで寝ると言うなら、俺も床で寝るぞ」
「いつまでも女々しいこと言わないで下さい。変な事をしないって信じてますし、一緒に寝ますよ」
「ヴァネッサ、気遣ってくれる気持ちは嬉しいが多分気が動転しているから一回冷静になってくれ。俺は昨日、最悪君を殺す事になっても仕方がないと思っていたような男だ。今日も加護の影響を受けてないのを証明するためだけに、躊躇なく君を平手打ちした。今は大丈夫だと、信じられると思っていても気付かぬ内に心がすり減って精神的な負担になる可能性が高い」
「勝手に決めつけないでください、ほら」
恐ろしいほどの握力で手を掴まれ、ヴァネッサの細見からは想像できない膂力で引きずり起こされる。
――抱き着かれた時も思ったが、俺より身体強化が得意なんじゃないか……?
そのまま寝台の傍まで連れて行かれ、仕方がなく横になる。
――これ以上話し合っても無理そうだな……ヴァネッサが寝てから、ソファに移れば……!?
隣で横になったヴァネッサに、再び手を握られた。試しに身体強化を掛けてみたが、全開で発動しなければ解けそうにもなかったので諦めた。
「どうせ寝付いたらソファに移ろうとか考えてましたよね? 警戒は続けていいですけど、ベッドでちゃんと寝てください」
「……分かった」
――――――――
――寝てるけど……
こっそりデミトリがベッドを抜け出してソファに向かわないように、眠気と戦いながら彼の事を監視していたけど思いのほかあっさりと眠ってしまった。
驚いたのは建物が軋む音程度で一瞬目を開き、周囲を確認してからすぐにまた寝息を立てて眠りに就いている事だ。
――ずっと起きて監視するのは無理……こんな風になっちゃう程、デミトリは過酷な生活を送ってたんだ……
やるせない気持ちになりながら、デミトリから視線を外し薄暗い部屋の中で天井を見上げる。
前世の記憶を取り戻した時、ダリードにある実家で過ごし始めてから何年も経っていたから『見知らぬ天井を見上げながら目を覚ました』経験ができず、少し損した気分になったのを思い出す。
――デミトリと出会った後も酔い潰れて……目覚めた時に見上げたのは見知った酒場の天井だったし、夢もへったくれも無いな……
転生なんてファンタジーな状況に巻き込まれているけど、前世を思い出してから歩んできた人生を振り返ると……自分が想像していたようなファンタジーの内容とはあまりにもかけ離れ過ぎてる。
――グリム童話とか元々悲惨な話が多かったらしいし、ファンタジーの括りで合ってるかもしれないけど……神様もどちらかと言うとファンタジーよりも、神話寄りの存在みたいだし……
神々に対して抱いてる悪印象は、自分の経験だけに基づいたものじゃない。デミトリから聞いた彼を加護無しで転生させた神の使いの話、犯罪奴隷になった転移者カズマの話、そして今日出会った明らかに人格に難がある転移者セイジを見て確信した。
この世界に異世界人を招いている神々は、確実に関わるだけ損するタイプだ。
――触らぬ神に祟りなしって言うけど……デミトリの巻き込まれ体質はなんとかならないかな……
自分もデミトリを巻き込んでしまった側なので、そこについては何とも言えない。
――私にできることは……とにかく早く魔力を制御して、火魔法も使いこなせるようになろう。お父さんが嫌ってたから、火魔法は苦手だったけど……がんばってみよう。髪の色が魔法みたいで綺麗って言われただけで、苦手意識が薄くなるなんて私もちょろいな……
自分が眠ってしまってもデミトリが簡単にソファに移動できないように、彼の腕に抱き着きながら目を閉じる。
――諦めようと思ったのに、助けてくれたんだから責任は取って貰うよ……死んだら許さない。おやすみ、デミトリ……