アヴィラ工房を後にして、商業区のカフェで朝食を取ることにした。
――二人分の朝食で二千二百ゼルか……ちょっと高めだが、美味しかった。
普段は繁華街の露店で買った串焼き肉を朝から食べているせいか、今日食べた卵のサンドイッチは別格に美味しく感じた。
――それにしても、普通にマヨネーズがあるんだな……
なんとなくレシピに異世界人の入れ知恵がありそうな事に不安を覚えたが、サンドイッチと一緒に頼んだ珈琲を嗜みながらあまり深く考えすぎないように努める。
「おいしかったですね!」
ヴァネッサがテーブルの下で手を伸ばし、珈琲を持っていない空いている方の手を掴まれた。流石に食事中は手を繋いでいなかったが、すぐに手を繋ぎ直そうとするのはすこし過剰に警戒しているように見える。
「ヴァネッサ、周りのテーブルは空いているし俺の方が厨房に近い席に座ってる。万が一給仕が襲ってきても対応できるから、心配しなくても大丈夫だ」
「……でも、不安なんです。だめですか?」
「……分かった」
――ヴァネッサは自分が俺をトラブルに巻き込んだと言っていたが、逆に今は俺のせいで彼女を危険に晒している。不安に思うのも無理はないな……
なるべくヴァネッサの精神状態を安定させたい。魔力暴走を起こさない事を優先して手を繋いだが、今後の事を考えると悩ましい。
――冒険者活動を再開したら、四六時中一緒にいる訳では無くなる。ニルとは、バレスタの件が片付いた後の事も相談しないといけない。俺が依頼で不在中に攫われたら……
珈琲を飲み終え、空になったカップをテーブルに置く。
「……本当に、美味しかったな」
「はい! それに、ずっと繁華街にいたのでカフェで朝食を取れて凄く新鮮でした」
「それは良かった、色々片付いたらメリシアを巡るのも良いかもしれないな」
「そうしたいです!」
うれしそうに微笑むヴァネッサを見て、心が痛む。
――俺と関わったせいで、開戦派に目を付けられてる可能性が高い。今後、本当の意味で自由にメリシアを歩き回れる日は来るのだろうか……
王国の保護から解放された後、ヴァネッサを安全な場所に匿ってもらえないかオブレド伯爵に相談した方が良いかもしれない。カフェの会計を終え、目的地の本屋に向かいながら今後の事について悩む。
「どうかしたんですか?」
「色々と、今後について考えていた」
「何を考えていたんですか?」
こちらを覗き込む、緋色のガーネットの様な瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
「……バレスタの件が片付いた後、俺が冒険者活動を再開した時……ヴァネッサの護衛をどうしようか考えていた」
「一緒に依頼に行くから大丈夫ですよ?」
必ずそうすると確信した様子のヴァネッサに、驚きすぎて一瞬何と言えばいいのか分からなくなってしまう。
「……俺とこうやって過ごしている時点で色々と保護の措置がおかしいが、それでもヴァネッサは王国に保護されている身だ。許可なく冒険者登録は流石に出来ないだろうし……なれたとしても青銅級から始める事になる。どの道、依頼には同行できない」
「冒険者にはなりませんよ? デミトリの依頼に私も一緒に付いて行くだけです。冒険者じゃなくて個人なら、冒険者ギルドも止められません」
――確かに……ギルドの規則はあくまで冒険者にしか適応されないが……
「依頼によっては、受注者のみが足を踏み入れる事を許された地域に行くことも――」
「ヒューゴ達から聞いた話ですけど、メリシアの周辺にそんな危険な地域はないですよね? デミトリも亡命中で、オブレド伯爵に保護されてるから、そもそもメリシアから離れるような依頼を受けられないって言ってたじゃないですか」
手を繋いだまま、ヴァネッサが俺の正面に立つ。
「私の安全のために悩んでくれてるんですよね? それなら、一緒にいるのが一番安全ですよ?」
「聖騎士に襲われたことは話したはずだ、巻き込まれたら――」
「全員殺せば良いじゃないですか?」
声は平たんだが、ヴァネッサの魔力が暴風のように襲い掛かってくる。
「私もがんばるから。魅了魔法も制御して、火魔法も使えるようになる。だから大丈夫、何があっても二人一緒ならなんとかなるよ」
「ヴァネッサ……落ち着いてく――」
「ずっと一緒にいよう? 約束して?」
――クソ……上手く魔力を制御できない……
短い間だったが、ヴァネッサの事を知ってしまった。魔力に呪力を込められる程……殺したい程憎いとは今は思えない。
「頼むから、落ち着いてくれ……」
「……約束してくれないの?」
「果たせない約束は……したくない」
ぴたりとヴァネッサの魔力が収まる。
「……どうしてそう思うんですか?」
「自分の身すら守れるか分からないのに……ヴァネッサまで巻き込んで死なせたくない」
「一緒に頑張りましょう?」
「ヴァネッサは……平穏に暮らしたいんだろう? 保護が完了して、監視魔法を受け入れた後……俺なんかと関わっていたら、一生平穏な暮らしなんてできない」