ヴァネッサの方を見ると、複雑な表情をしている。もしかすると、エステファニアはヴァネッサと同じく月神に加護と魔法を与えられていたのかもしれない。
「エステファニアは第一王子を狙うだけでは飽き足らず、当時まだ交流のあったガナディア王国の大使にも粉を掛けていた。彼女の処刑を機に魅了されたままの大使はガナディアに帰ってしまい、両国間の関係は悪化しついには国交が断絶された」
――何てことをしているんだ……
「彼女はそれ以外にも国家転覆罪が適用されてもおかしくないやらかしをしていた。当然、当時の議会で魅了魔法の扱いについて徹底的に議論された。中には、魅了魔法の使い手は発見次第殺すべきなんて過激な案もあったらしい」
「それは……」
「君の言いたいことは分かる。現にこうして私もヴァネッサも生きているから、その案は通らなかった。当時の第一王子が自分の王位継承権と引き換えに、王国の保護を受け入れた魅了魔法使いを守る法案を無理やり通した」
――王位継承権を手放さなければいけない程、反発があったのか……
「結果的に保護を受け入れない魅了魔法使いの扱いと、保護を受け入れる魅了魔法使いの扱いに大きな差が出来てしまった。保護対象の取り扱いと魅了魔法使いを危険視する王国の姿勢に、乖離があるように見えるのもそのせいだ」
説明を終えたニルがヴァネッサの方を見る。
「監視魔法についても、質問をしたかったと言っていたな?」
「はい……」
ヴァネッサは、見るからに意気消沈している。
――色々と背景を知って、保護される事も監視魔法を掛けられるのもどうしようもないと思っているのかもしれないな……
「ニル、俺から補足させてほしい。既にヴァネッサの事情を把握しているかもしれないが、彼女はバレスタ商会のシモン・バレスタに隷属魔法を掛けられて数年間商会に軟禁されていた」
「事情は、概ね把握している」
「……把握しているのであれば、ようやく隷属魔法から解放された彼女がまた自分を縛る魔法を掛けられる事に不安を抱いていることを理解してほしい。正直に言うと、監視魔法は拒否したい」
ニルが口元を覆っていた布を取り、遮音の魔道具と一緒に仕舞いながら唸る。
「気持ちは理解できるが……」
――魔道具を仕舞ったと言う事は、監視魔法について詳しく教える気はなさそうだな……
「先程の話を聞いた限り、王家に忠誠を誓って王家の影として仕える道を選ばなかった人間を……魅了魔法が発動したかどうか分かる程度の監視魔法を掛けただけで、解放するとは到底思えない。それに魅了魔法を使った場合報告義務があると言っていたが、魅了魔法を使った時点でかなりきつい罰則が生じるんじゃないか?」
「……ヴァネッサが王家に仕えれば、監視魔法を掛けなくて済むぞ?」
「質問には答えてくれないんだな」
――やはり監視魔法は危険だ。そんな魔法をヴァネッサに掛けられるわけにはいかない。
「代わりに、俺に魔法を掛けられないのか?」
「デミトリ!?」
何を言っているのか理解できないという表情で、ヴァネッサがこちらを見る。
「どういうことだ?」
「大方……魅了魔法を使ったら感知できるだけでなく、王家に反意を持つ事をできなくするか……それに類する事をしたら死ぬような制約が掛かるんじゃないか?」
「……仮にそうだったとしても、君が代わりに魔法を掛けられても意味がないだろう?」
「ヴァネッサが魅了魔法を王家に歯向かう形で使ったら、俺が代わりに死ぬように魔法を掛ける事で手を打てないか」
「絶対にダメ!!」
ヴァネッサに物凄い握力で腕を掴まれ一瞬怯んだが、ニルから視線を外さず返答を待つ。
「根本的な問題の解決にはならないが……面白い提案だ。先日とは見違えたな」
「お前に、ヴァネッサの人生を背負う覚悟がないと指摘されたからな」
――俺が魔法を掛けられても、最悪ドルミル村でヴィセンテとカテリナとの約束を果たしてからヴァネッサが安住の地を見つけるまで死ななければいい。
「君の案も良いが、もっといい方法がある」
「もっといい方法……?」
「デミトリも、ヴァネッサと一緒に王家の影に所属すればいい」
――急に何を言っているんだ?
「……知っていると思うが、俺は亡命中の身で開戦派に身柄を狙われているんだぞ?」
「勿論把握している。最近教会からちょっかいを出されていたな」
「セイジの事か?」
「そうだ、私はメリシアを拠点に諜報活動をしていると言っただろう? 君と君の周辺で起こっている事も我々は勿論把握している」
――ニル一人が監視していたわけではないだろうが……監視していた影に全く気づけなかったのは問題だな……
「あのセイジと言う少年を唆したのは、メソネロ大司教の部下だったことが判明した。メソネロ大司教については、以前エスペランザ城塞都市の領主代行経由で君から情報を共有していただろう?」
――ジステインが、王都に報告してくれたのか。
「ああ、ジステイン様に手紙で報告した」
「事前に情報を共有してくれたおかげで、彼の動向に警戒する事が出来た。証拠が隠滅される前にメソネロ大司教の指示で部下が動いていた事の裏が取れたんだが……実は、その事で君の扱いについて王都で少し問題視されている」
「なんでですか?」
ぎりぎりと俺の腕を握りしめながら、ヴァネッサがニルに質問する。
「今回の騒動でメソネロ大司教を始め、開戦派に組する教会関係者問題にようやく切り込めそうなんだが……窮鼠猫を嚙むと言うだろう? 開戦派が大きく動き出す可能性が出てきた。今まで以上にデミトリが危険に晒される可能性が高くなった」
「そう言う事か……」