「あの……質問しても良いですか?」
今までじっと会話を聞いていたヴァネッサが、重い口を開きアルフォンソ殿下に問いかけた。
「もちろんだ、なんでも聞いてくれ」
「準備が整ったって言ってましたが……長年調査してきたのに、今まで開戦派の対処ができていなかったんですよね? 開戦派に属している人間は把握できていても、具体的な罪の証拠がないって事ですよね?」
「……その認識で合っている。ヴィーダ王国は王制を敷いてるが独裁国家じゃない。国土拡大の必要性について主張したり、他国への侵略戦争を検討するべきという思想を持つこと自体は罪じゃないからな」
先程までの開戦派に対する怒りが鳴りを潜めた様子のアルフォンソ殿下が、面白い物を見つけた様な眼差しでヴァネッサを見つめる。
「デミトリに協力して欲しいのは、開戦派が侵略戦争を正当化する理由を生み出すために……デミトリを巻き込んで、彼等が何かを企てるのを誘いたいって事ですよね?」
「その通りだ」
「……仮に開戦派が動いたとしても、今までと同じで証拠を掴める保証はないんじゃないですか? それに……開戦派がどう動くのかも、そもそも動くのかどうかすら分からないなら、無意味にデミトリが危険に晒されるだけかも知れないじゃないですか……」
魔力は揺らいでいないが、声色からヴァネッサが静かに怒っているのが伝わってくる。そんな彼女と対峙しているアルフォンソ殿下は、なぜだか嬉しそうだ。
「デミトリだけでなく、ヴァネッサも中々切れ者だな。今年の新入りは豊作じゃないか、ニル」
話を急に振られたニルが困っているが、ヴァネッサはアルフォンソ殿下から視線を一切外さない。笑みを浮かべながら、アルフォンソ殿下がヴァネッサの問いに答え始める。
「ヴァネッサの指摘はどれも耳が痛いな。今までは……例えば、デミトリがジステイン伯爵領に移動している途中に襲われた時がいい例だな。賊に襲わせる指示を出した人間は突き止めたが、裏で手を引いてる人間まで手が届かなかったのは事実だ」
――先程まで笑みを浮かべていたのに、すぐ眉間に皺を寄せて……感情の起伏が激しい人だな……
「開戦派の大本はかなり狡猾で、用意周到だ。末端の開戦派に汚れ仕事を任せながら、旗色が悪くなったら容赦なく切り捨てるせいで今まで尻尾を掴めてなかったが……色々な幸運が重なり状況が変わった」
「……どういう事ですか?」
アルフォンソ殿下が、おもむろに人差し指を立てる。
「一つ目の幸運は、デミトリがヴィーダ王国に亡命を求めた事だ。今まで以上に開戦派の動きが活発になったが、その分詰めの甘さが目立ち始めた」
続けて、アルフォンソ殿下が中指を立てる。
「二つ目の幸運は、これもデミトリのおかげだが開戦派に与する教会の人間を把握する事が出来た事だ。彼等に対する警戒と監視が増した事で、開戦派の貴族は教会の助力を得難くなった。今までと比べて動きにくい状況に陥ったのにも関わらず、一度動き出した歯車は容易に止められない。過去とは比較にならないほど情報と不正の証拠が集まっている」
薬指を立てながら、アルフォンソ殿下が笑みを浮かべる。
「最後の幸運は、ガナディア王国が勇者召喚に成功した事だ。今はまだ召喚されたばかりらしいが、歴代の勇者達は例外なく一騎当千の力を身に着けた。開戦派の貴族は教会とまともに連携ができない状況にも関わらず、勇者が育ちきり倒せなくなる前に決着を付けなければいけなくなり更に追い詰められている」
――勇者召喚の噂のせいで、状況が混沌を極めているとジステインの手紙に書いてあったが……ここまで影響を及ぼしている事に、考えが至らなかった。
「……諦めるか、次代に託すという考えは出てこないのか?」
「武功を立てたい、功績を認められて陞爵したい、領土を増やしたい……そんな欲に塗れた理由で開戦を求める様な連中だ。次代に託すなんて殊勝な考えは持ち合わせてない、自分達の代で侵略戦争を実現しようと躍起になってる」
「……勇者がそんなに強いなら……アルフォンソ殿下や保守派の貴族は脅威に思わないんですか?」
――確かに、開戦派では無くても勇者に攻め込まれたら危ういと考えそうなものだが……
「ヴァネッサも、デミトリも知らなくて当然だな。王家の影になった事だし、伝えてもいいな。この世界には、神々の気まぐれで異世界から転移して来たり前世の記憶を持ちながら転生する人間が存在する――」
ヴィーダ王家が異世界人について把握していることに驚愕しながら、ヴァネッサと目配せする。
「――その中でも特殊なのが勇者だ。神託が降りた後、召喚の儀式が行われた国に現れる。勇者は強力な加護を授けられる代わりに、定めに縛られるんだ」
「「定めに縛られる……?」」
「代表的なのは、魔族の王と戦う運命を必ず辿る事だ。勇者達は、神託に導かれながら動く……いや、動かなければいけないと言った方が正しいかもしれないな。そして戦争や政への関与について、神託が降りた記録は今までない。歴史的に見ても、勇者が人と戦ったのは襲われたり仲間が攻撃された時だけだ」
――魔族の王はそのまま魔王だろう……勝手に召喚された上に、戦うことを強制させられるのはあんまりじゃないか……?
「と言う事で、王家と保守派の貴族は何がなんでも勇者と敵対したくない。こちら側から攻撃を仕掛けない限り、勇者が襲ってくる事はないからな」
「仮に、開戦派の望み通り勇者が力を付ける前に侵略戦争を開始して勇者が死んだら……開戦派は魔族の事はどうするつもりなんですか?」
「……恐らく何も考えていない」
まさかの回答に、ヴァネッサと揃って絶句する。