アルフォンソ殿下の人物評を頭の中で更新しながら兵舎を通り過ぎ、ようやく辿り着いた訓練場に足を踏み入れた。
一足早く訓練場に到着していたエンツォが、訓練場の中心で剣を地面に突き立てながら待っている。こちらを睨むエンツォを見据えながら、アルフォンソ殿下に質問した。
「……アルフォンソ殿下の考えは理解できたが、俺は第一王子の護衛に任命される実力者に勝てる自信なんてない」
「報告を読んだが、クラッグ・エイプを倒したんだろ? エンツォはそんな芸当出来ないから大丈夫だ」
「運が良かっただけで、死に掛けたんだが――」
「殿下からいい加減離れろ!! さっさとこちらに来い……真剣勝負だ!!」
真剣勝負と聞き、迎賓館に残って指導を受けることを拒否してまで訓練場に付いて来てくれたヴァネッサが、沈黙を破り口を開いた。
「真剣勝負って……どういうことですか?」
温度のない声でそう聞かれたアルフォンソ殿下が、軽く返事をしながら歩き始める。
「大丈夫だろ」
そう言い残して、ヴァネッサの返事を待たずアルフォンソ殿下が去って行った。修練場の騎士達の注目を集めながら、アルフォンソ殿下がエンツォの近くで立ち止まり声を張りながら決闘の進行を始めた。
「エンツォ・バタネロが我が賓客、デミトリ・グラードフに申し込んだ決闘をこれから執り行う! エンツォ、正々堂々と戦う事を誓えるか?」
「誓います!!!」
「お前は、この決闘に何を求める?」
「ガナディアの愚物の命です!!!」
――完全に見世物だな……
騒ぎに気付いた騎士達が、訓練を中断して訓練場の中心を囲む。アルフォンソ殿下がこちらに振り向き、訓練場の人間の視線が全てこちらに集まってしまった。
仕方がなく近づこうとすると、ヴァネッサに手を引かれ歩みを止めた。
「……あの王子も、護衛も……急に決闘なんてやっぱりこの国の人達おかしいよ……」
「ヴァネッサ……」
「一緒に逃げよう?」
ヴァネッサの方に向き直り、両手で彼女の手を包む。
「どうしようもなくなったら……一緒に逃げよう。約束する」
「……どうしようもなくなる前に逃げないと意味ないよ……」
「早くしろ!!」
しっかりと話し合いたいが、そうする時間を許されそうにもない。ヴァネッサの元を離れ、修練場の中央に辿り着くと醜悪な笑みを浮かべながらエンツォが挑発してきた。
「今生の別れは済んだか?」
エンツォの言葉を聞き流し、アルフォンソ殿下の方を向く。
「デミトリ、正々堂々と戦う事を誓えるか?」
「誓います」
「お前はこの決闘に何を求める?」
――……護衛の解雇でいいんだろう?
「私は――」
「王城に娼婦を連れて来るとは、ガナディア人らしい卑しさだな!!!!」
先程の発言を無視されたのに相当腹を立てたのか、こちらの発言を遮ってエンツォが訓練場の外にまで聞こえそうな大声でそう叫んだ瞬間魔力が乱れた。
「デミトリ、落ち――」
「俺はエンツォの命を求める」
発言を遮られたアルフォンソ殿下の顔が一瞬引きつったが、直ぐに表情を取り繕い進行を再開した。
「……勝利の暁に、互いに互いの命を求めた。これより真剣勝負の決闘を執り行う!」
収納鞄から、ヴィセンテの剣を取り出し身体強化を掛けながら深呼吸して精神を統一する。
――挑発には乗らないが……発言の責任は取って貰うぞ……
「アルフォンソ・ヴィーダがこの決闘の見届け人を務める! 両者、準備は良いな……? 始め!」
アルフォンソ殿下が決闘の開始を宣言した直後、エンツォが燃え盛る火球を放ってきた。
横にステップして難なく避けることができたが、避けた先でエンツォがこちらを待ち構えていた。あまりにも急にエンツォが視界に入ってきた為ぎりぎりだったが、なんとか振り下ろしされた剣で受け止める。
背後で破裂した火球の爆風を受けながら、互いの剣が交差する。火花が散った先で、攻撃を防がれた事に驚いたエンツォが目を見開く。
「小癪な!」
エンツォはそう吐き捨てると、後ろに飛び退いてこちらから距離を取るために走り出した。鎧を身に纏ったエンツォの移動速度は決して早くない……少し離れた位置で停止して火球を複数自身の周囲に展開し、こちらの出方を伺うエンツォを眺めながら先程起こった事を振り返る。
決闘を開始した時点で、最低でも十メートルは距離が開いてたはずだ。それなのに、火球を放たれて俺が避けた一瞬の内にエンツォに肉薄されていた。
――あの速度では目の前に現れた説明がつかない……まさか転移したのか?
「まぐれで私の攻撃を受け止めたみたいだが、実力の差に気づいて怖気づいたか!!」
そう叫ぶエンツォの声は荒々しいが、警戒しているのがこちらに向けた視線に滲み出ている。展開された火球で何か仕掛けられる前に、敢えて安い挑発に乗って今度はこちらから仕掛ける事にする。
走り出したのと同時にエンツォの周囲を漂っていた火球が、一斉にこちらに向けて放たれた。急に突進してくるとは思っていなかったエンツォの放った火球が、操作が甘かったのか俺を捉えることなく訓練場の地面に衝突して爆ぜていく。
距離を詰めて横なぎした剣が焦るエンツォの脇腹に到達する直前、忽然と彼の姿が消えた。
周囲に漂わせていた魔力感知擬きの霧が背後からの攻撃を報せてくれたおかげで、即座に振り向き再びエンツォの攻撃を防ぐ事が出来た。今度は転移すると予想していたので、大分余裕がある。
「なっ―― ぐぁ!?」
二度も奇襲を受け止められるとは予想していなかったエンツォが慌てふためいている隙に、がら空きの腹に前蹴りを食らわせた。
体勢を崩し地面を転がるエンツォに追撃しようと近づいた瞬間、エンツォの魔力が揺らぐ。急停止して距離を取るために後方に下がった瞬間、エンツォを囲むような形で火柱が上がった。
燃え盛る炎に遮られたエンツォの姿が見えなくなったのと同時に後方に振り向くと、転移したエンツォが鬼の形相で剣を振り下ろそうとしている。
――芸がないな……