――転移で逃げられる事を危惧して圧殺しなかったが……あの能力の判定が良く分からないな。エンツォは剣と鎧や服も転移させていたから、氷牢に捉えてしまえば氷牢ごと転移すると思ったが……
「あああ!?!? ああああああああ!?!?」
全身の肌を失い、剥き出しの神経が空気や服に触れるのは想像を絶する痛みだろう。エンツォが痛みに耐えきれず、剣を落として地面の上をのたうち回っている。
本当はヴァネッサを殺しかけたのでもう少し痛めつけたいが、周りにはアルフォンソ殿下だけでなく騎士達がいるので断念する。
――ここまでは戦闘の結果とみなされるだろうが、これ以上やったら……さっさと介錯するか……
情けなく泣き喚いているエンツォの傍まで痛みに耐えながらなんとか辿り着き、首を刎ねた。肌も髪も失った赤い頭部が、地面に血痕を残しながら転がって行く。
「……勝者、デミトリ!!」
アルフォンソ殿下の宣言を聞き、ラスの鎧を解除した段階で限界を迎えた。膝から崩れ落ち、その場で倒れてしまった。
「デミトリ!!!」
「すまない……収納鞄から――」
お願いし終わるよりも素早くヴァネッサが高級ポーションを取り出し、飲みやすいように支えてくれながらポーションを口元に運んでくれた。
久しぶりに、内臓が元の位置に戻りながら修復されていく奇妙な感覚を味わう。
「ありがとう……」
「なんで、最初から魔法を使わなかったの!?」
こんなに怒っているヴァネッサは初めて見る。言葉に詰まっていると、いつの間にかこちらに寄っていたアルフォンソ殿下が話し始めた。
「今回の決闘は訓練場に居た騎士達も見ていた。誰が開戦派と繋がってるか分からないから、手の内をなるべく隠したかったんだろ? 報告されたデミトリの実績を考慮して、エンツォに負けない実力を持ってると踏んでたが……そこまで頭が回らなかった」
「……どうだろうな……殿下も俺の手の内を把握したかっただけじゃないのか? それか、俺が開戦派に殺されたら……自分の手を汚さずに不安の種を一つ排除できるとでも……思っただけじゃないのか?」
決闘で精神が昂ぶり、つい心の奥底で燻っていた本音をぶつけてしまった。
「俺が、そんな冷酷非道な男に見えるのか?」
「殿下の心情はともかく……王族なら大局を見据えて行動するのは当然だろう」
「参ったな……否定できない」
一度吐いた唾は飲み込めない。今の発言は今後の関係に悪影響があるかもしれないと、少しだけ後悔しながら殿下の言葉を待った。
「俺は……王国と民の安寧を何事よりも優先する。君の命だけじゃない、俺自身の命も天秤に掛けたら王国の為に捨てる覚悟をしてる」
「馬鹿なの?」
「なんだと……?」
頭上からヴァネッサの呆れた声が聞こえて硬直する。
――気さくな態度を取っているが、相手は第一王子だ……止めないと――
「ヴァネッサ――」
「デミトリは黙って!! もう一回言うけど、馬鹿なの?」
目を瞑り、ポーションで癒えた体に念のため自己治癒を掛ける。血を流しすぎたのがきついが、今の体の調子ならヴァネッサを担いでどれぐらい逃げられるのか真剣に考えながら頭上の会話に耳を傾ける。
「それが素か。いいだろう、馬鹿だから不敬罪に問わないと約束してやる。なんで馬鹿だと思うのか、馬鹿でも分かるように説明してくれ」
――相当キレてないか……
「王国のためなら自分も死ぬつもりなのを免罪符にすれば、私達の命を軽視しても良いよってこっちが納得すると本当に思ってるの? そんな自分勝手な考えを覚悟と勘違いしてるなら、馬鹿じゃなかったら何だって言うの?」
「……お前に何が分かる。国民を背負う重圧も知らない小娘のくせに」
「重圧を背負ったらそんな馬鹿な考えしか出来なくなって、小娘相手に言い返せなくなるなら向いてないんじゃないの?」
「貴様……!」
――ドルミル村は、北西だったはずだ……王都から逃げたら……いや、俺の目的はばれているし待ち伏せされるかもしれないな。一旦隣国に逃げてほとぼりが冷めるのを待つ必要があるかもしれない。
「殿下!」
現実逃避しながら逃げる算段を立てていると、騎士がアルフォンソ殿下の元に駆け寄って来た。
「何だ!?」
「あの、すみません……エンツォの死亡届を提出するために、決闘の見届け人を務めた殿下の署名が必要で……」
「……そうだな、色々と事後処理が必要だ。早めに手を回さないと面倒な事になる」
アルフォンソ殿下が、こちらの方を見る。
「二人は迎賓館に戻れ。ヴァネッサは、アロアに伝えておくからみっちり指導を受けると良い……デミトリはあれだけ血を流したんだ、部屋で休め。決闘のせいで消費したポーションは、治り具合からして高級ポーションだろ? 後ほど部屋に届けさせる」
そのまま先程の騎士の後を追うと思った殿下が周囲を確認してからこちらに近づき、屈みながら俺とヴァネッサに顔を近づけて小声で話し始めた。
「すまなかった。信じてもらえるか分からないが、デミトリの手の内に興味はあったが死んだら楽だなんて事は思ってない。さっきの話も、最悪の場合そう動く覚悟を王族として持っているというだけでそんな事態にならないよう最善を尽くすのが大前提なのも分かってる。後、俺はばかじゃない!」
尋常ではない早口で言いたい事を言い切ると、殿下はすっと立ち上がり騎士の後を追って行った。