「言いたい事は分かる……だが俺は暗殺みたいな後ろ暗い手口を使う気はない」
「……法を犯さなければ清廉潔白という訳じゃないのは理解しているだろう? 殿下の行動次第でエンツォは死ななかった。目的のために、敢えて見殺しにしたのは後ろ暗い手口じゃないと言えるのか?」
俺の問いに、とうとう殿下が黙り込んでしまった。眉間にしわを寄せながら、何やら考え込んでいる。
「……別にやりたい放題すればいいと言いたい訳じゃない。ただ、国の為に自分を切り捨てる覚悟があるなら……敢えて言葉を選ばずに言うが国の為に悪事に手を染めてでも脅威を取り払う覚悟は持てないのか?」
「自分の理想を実現するために、好き放題したら開戦派と同じだろ……?」
「相手と同じ土俵に立ちたくない。そう考えて正攻法に拘って民を危険に晒すのは気高い行いじゃない、ただの自己満足だ」
「親父と同じことを言うんだな……」
――気軽に親父と呼んでいるが、いくら王子でも王に対してその呼び方は駄目だと思うが……
「王にまでそう言われているのに頑なになっている理由はなんだ? 俺と似たようなことを言っていたなら、俺を囮にする案の発案者は王じゃなさそうだが」
「デミトリには話しても良いかもしれないな……」
アルフォンソ殿下がこちらから視線を外し、窓の外を眺めながら語り出した。
「俺の婚約者……グローリアの事は知っているか?」
「すまない、ヴィーダでは一般常識かもしれないが初耳だ……」
「アルケイド公爵家の令嬢で俺の幼馴染だ。俺は彼女を救いたい」
「……婚約者とこれまでの話が関係があるなら……まさかアルケイド公爵家が開戦派の筆頭家なのか?」
窓から視線をこちらに戻し、アルフォンソ殿下が静かに頷く。
「正直に言うと、もう十分な証拠は集まってる。やろうと思えば明日にでも全ての片を付けられる」
「……そうしないのは、婚約者のためか?」
「アルケイド公爵家は罪を重ね過ぎた。家の取り潰しだけでは済まない……連座で当主だけでなく近縁者も含めて良くて投獄、最悪処刑される」
――話がややこしくなってきたな……
「正攻法で攻めない理由は分かったが……婚約者を守りたいならなおさらアルケイド公爵家の当主に病死して貰うなり、婚約者を守る手立てはありそうなものだが……」
「彼女だけ特別扱いできない。下手に手を回したら王家に対する不信が生まれる」
「助けたいならそんな事を言ってる場合じゃないだろう。婚約者を救う口実が欲しいなら、アルケイド公爵家の悪事を告発して貰って保護する形でも良いんじゃないか?」
「そうすると、アルケイド公爵家が取り潰されて俺は彼女と結婚できない」
――馬鹿なのか……?
妙に決意の漲った瞳でこちらを見るアルフォンソ殿下の頭を叩きたい気持ちを必死に押さえ込む。
「……死ぬよりはましだろう」
「彼女と結ばれなかったら俺は生きていけない」
「……散々民の為だのなんだの言っていたが、とんだ色ボケ王子だな……」
「ヴァネッサの為に王家の影になった君に言われたくない」
――俺は、ヴァネッサの人生に無責任に関与した事の責任を取っているだけなんだが……
なぜか俺の事を同族のように言い張る殿下に腹が立つが、その感情は一旦忘れる事にする。
「正攻法も駄目。後ろ暗い手口も駄目。それで俺を囮にする作戦であれば婚約者を救える説明には結局ならないが」
「グローリアは、転生者だ」
アルフォンソ殿下の急な告白に理解が追いつかないまま、殿下が話を進める。
「彼女は今起こっている事を前世の物語として知っていたらしい。その物語の中で、君を囮にする作戦を取ったら上手く行ったらしい」
――また転生者か……
「……良く信じられるな」
「何度も未来の出来事を言い当てている。転生者については学んでたから、疑う余地はなかった」
グローリア・アルケイドがどういう知識を持っているのかで話が変わってくる。八方塞がりに思えるこの状況が、本当にこんなふざけた作戦でどうにかなるとは同じ転生者の俺でもにわかに信じ難い。
「具体的にどうなるのかは聞いていないのか?」
「詳しくは聞けてない。俺が知りすぎると行動が影響されて未来が変わるかもしれないらしい。彼女に相談した時『ガナディア王国から来た亡命者を賓客として迎えれば、全部上手く行く』とだけ言われた」
――……信用ならないな。
「アルフォンソ殿下、取引をしよう」
「急にどうしたんだ?」
唐突な交渉を投げかけられアルフォンソ殿下が困惑している。
「俺の協力が殿下の望む未来の為に不可欠なら、こちらの条件を呑んでもらう。一つ目はヴァネッサを王家の影から解放する事だ。解放に関する細かい条件は、俺の独断で決められないから彼女と相談させてくれ――」
「待て、本当にどうしたんだ急に?」
「殿下、婚約者から具体的な未来については聞いていないんだろう? 殿下にとっては全部上手く行くかもしれないが、俺とヴァネッサの身の安全は一切保証されてない」
殿下の表情がみるみる悪くなって行く。
「今までグローリアの言った通りにして、大勢が不幸になった事は――」
「過去言い当てた内容は知らないが、今回もそうとは限らない。ご存じの通り、俺が王家の影に所属したのは目的を達成しつつヴァネッサを守るためだ。殿下と婚約者の輝かしい未来の礎になって、ヴァネッサを死なせるつもりも自分も死ぬつもりはない……だが、ヴァネッサの安寧を約束してくれて俺の目的を達成させてくれるなら協力しても良い」