「……分かった、要求を聞こう」
「ヴァネッサの件は、迎賓館に戻り次第彼女に相談するとして……俺のもう一つの目標はドルミル村に行き、恩人を故郷の土で眠らせる事だ。開戦派が何時どう動くのか分からない、無理を承知で言うが協力して欲しいならすぐに転移魔法の使い手を手配してドルミル村に送って欲しい」
二つ目の要求を聞き、王子が分かりやすく難色を示す。
「長距離かつ王城の結界を超えた転移となるとリディア氏か、後一人ぐらいしか対応できないが……」
「メリシアに伝令を出して、リディア氏に王都まで来てもらうことはできないのか?」
「君を王都に送った時、リディア氏とニルが言い争ったらしいな? リディア氏が腹を立ててどこかに転移してしまったらしく、現在連絡が取れない状況だ」
――そんなに怒っていたのか……
「……もう一人の転移魔法の使い手に頼むことはできないのか?」
「君と会うことを拒否してるから、難しいかもしれないな」
「拒否?」
言われた内容は言葉として理解できたが意味が分からない。その転移魔法の使い手とは、面識がないはずだ。
「エンツォとの決闘について、王城で早速噂になっている」
「……王子の護衛が王子の賓客と決闘して、命を落としたらそれは騒がれるだろうな」
「エンツォが二つ名持ちだった事もあって、名が知れていただけでなく能力も知られていたのが良くなかった」
アルフォンソ殿下が髪をかき上げながら、天井を仰ぐ。
「君がドルミル村に向かいたい事と大まかな事情は、エスペランザから届いた調書を見て把握してた。それに、君がヴァネッサの境遇に納得してないのは理解してる。実は、二人に誠意を見せるために転移の使い手を手配しようと手を回していたんだが……」
王子が自分とヴァネッサを捨て駒程度としか思っていない前提で協力する条件に付いて話してしまったため、こちらに配慮して動いてくれていたのを聞くと耳が痛い。
「エンツォを殺したのを聞いた、転移魔法を使える宮廷魔術士が君に会う事を拒否してる」
「俺は、別に無差別殺人なんてしないが……」
「問題はそこじゃない。彼は転移魔法さえあれば、何があっても自分は死なない自信があったらしい……」
「……話が読めないんだが?」
「移動できる距離は転移魔法よりも短いが、魔力も要らなくて連続で転移できる縮地の異能を持ったエンツォを殺した君が怖いと言っている」
――気持ちは……分からなくもないが……
「俺は、転移魔法の使い手の方が怖い。出来るかどうか分からないが……空高くに転移させられたり、火山口に急に落とされたらどうしようもない」
「エンツォの能力に初見で対処した時も驚いたが、君には聖騎士達を倒した実績もある。すぐにそう言った想定が出ると言う事は、対策を一応考えてるんだろ?」
視線をこちらに戻し、問いかけてくる殿下にどう答えるべきか一瞬だけ迷う。
「……ガナディアには異能なんてなかった。俺が知らなかっただけかもしれないが、ヴィーダに来て異能を持っている輩に襲われてから色々と対策は考えている」
「なるほどな。転移魔法の使い手の手配については、少しだけ時間をくれ。部下に打診して貰い断られたが……俺からの招集命令なら流石に断れないはずだ。手配はこちらで進めるから今日は迎賓館に戻ってヴァネッサと話し合ってくれ」
そう言いながら、殿下が古びた書類の束をこちらに手渡して来た。
「これは?」
「約束していた異能者の記録だ」
――――――――
「物語を知ってる系の転生者……」
迎賓館の客室で、アイスを食べながらヴァネッサが深刻な表情をしながら呟く。アルフォンソ殿下と話し合った内容はほぼ共有し終えたが、やはり転生者について引っ掛かっている様だ。
「信用できないね」
「ヴァネッサもそう思うか……」
カテリナとヴィセンテへの恩返しと、ヴァネッサの安全確保に焦った理由はそこにあった。アルケイド公爵令嬢の存在が不気味に思えたからだ。
「だって、何が起こるのか詳細を伝えたら未来が変わる可能性があるなら……そもそも転生者である事と未来を知ってる事を隠さないと駄目だよね? アルフォンソ殿下が、婚約者さんの言ってる事が絶対起こるって確信してる時点で、殿下の行動が影響されるはず」
「俺も同じことを思っていた。それに過去に何度も未来の出来事を言い当てたらしい……逆に、何故今回だけ詳細を濁して伝えているのかが分からない」
本当に未来に起こる出来事を把握しているかどうか怪しい。そもそも、本当にこの世界の事を物語で知っているなら俺やヴァネッサはその物語の中でも転生者なのか?
「本当は物語として未来を知ってるんじゃなくて、未来を予知する異能を持ってて隠してるとか……」
「その可能性もあるな。後は、俺達を転生させた神々が神託を送る事もあるらしい。神託を受けてる可能性も無くはないかもしれない……開戦派のアルケイド公爵家が光神教と繋がっているのなら、魔力と引き換えに異能を得ただけで転生者ですらない可能性もある」
完食したアイスの器にスプーンを置いて、ヴァネッサが冷えた手を擦り合わせながらソファの背もたれに身を預けた。
「……転生者だって偽るメリットはないんじゃないかな?」