「火急の用と聞き、馳せ参じ――」
全身を純白のローブに身を包んだ男が、部屋に現れたと同時に発言を始めたかと思うとこちらに気づき言葉に詰まった。
「――何故彼がここに!?」
「ルーベン、一応忠告するが逃げたら降格処分所では済まないからな」
転移の準備をしていたのか、ルーベンと呼ばれていた男の魔力が大幅に乱れていたがアルフォンソ殿下の一声で徐々に揺らぎが治まって行く。
「ここまで転移したのを、誰かに見られてないか?」
「ご指示通り、自室から直接転移したので誰にも気づかれていないはずです……」
「なら問題ないな。時間が経つほど不測の事態が起こりやすくなる。早速だがデミトリとイヴァンと一緒にドルミル村まで転移してくれ」
アルフォンソ殿下の発言を聞き、彼の護衛が一人前に進み出た。殿下と出会った初日から、常に殿下の背中を守っていた護衛だ。
――護衛の配置から察するに、護衛長を任されていそうな人員だが……
「い、幾ら殿下のご命令と言えどあまりにも横暴です!!」
「どこがどう横暴なんだ」
「この男は、私の天敵と言っても過言ではありません! なぜ、分かってくれないのですか……」
「ルーベン、最終警告だ。これ以降の発言は容赦なく私への不敬と捉えるから発言と行動に気を付けろ。デミトリはお前に害をなすつもりはないし私の賓客だ、私情を挟むな」
――言ってる事は正しいが、こういう類の輩は頭ごなしに否定したら余計話が拗れそうだが……
ルーベンが下唇を噛みながら俯いてしまった。目の敵にされている以上こちらから声を掛けるわけにも行かずやきもきしていると、イヴァンが沈黙を破った。
「ルーベン殿。ルーベン殿の身の安全を保証するためにアルフォンソ殿下は私の同行を指示しました。何があっても私が貴殿を守るので、ご協力願います」
「……イヴァン殿……分かりました。あなたがそこまで言うなら……」
化け物扱いされている事には納得いかないものの、イヴァンの説得でルーベンの態度が軟化した。覚悟を決めたルーベンがイヴァンの傍に寄り、イヴァンを挟んで俺とルーベンが殿下の執務室の中央に集まった。
「デミトリと俺の意見交換会は昼過ぎまでを予定している。ルーベンも夕方まで予定は入っていないな? 三人でドルミル村に転移して、正午までに帰還してくれ」
「……分かりました」
「デミトリ、それでいいか?」
「ああ、当てが外れても正午まで時間があればなんとかなる」
俺の返答を聞き、力強く頷いた後殿下がルーベンに向き直る。
「頼んだぞ、ルーベン」
「……仰せのままに……」
ルーベンの魔力が揺らいだのを感じた後、リディアに転移の魔法で飛ばされた時と同じ光に包まれた。
――――――――
光が治まり、目を開くと見知らぬ森の中に居た。
「……流石に、村に直接転移はしなかったのか」
「当たり前です、そんな事をしたら大騒ぎになるじゃないですか!」
ルーベンがイヴァンの背中越しに吠える中、溜息を必死に押さえ込む。アルフォンソ殿下の指示で動いているイヴァンがいるものの、ここでルーベンにへそを曲げられたら対処が面倒だ。
「ドルミル村はここから近いのか?」
「ここから東に歩いたらすぐ着きますよ」
転移の精度を疑われたと思ったのか、ルーベンが無駄に刺々しく返答してきた。
――このままでは、村に着いてから問題が起きかねないな……
「ルーベン、そしてイヴァン。二人は、俺が何故ドルミル村に行きたいのかは聞いているか?」
「そんなこと知りませんよ」
「……私はあくまでルーベン殿の護衛として付き添っているだけで、詳しい事は聞いていないな」
――イヴァンは、ルーベンの事はともかく俺が逃げないよう監視を任されている気がしないでもないが……
疑念は一旦置いておき、腰に固定していた収納鞄を取り外して二人に見せる。
「俺は、ガナディア王国からヴィーダ王国まで亡命してきた。ストラーク大森林を渡っている最中何度も死に掛けたが、生き延びれたのはたまたま見つけた冒険者達の遺品に助けられたからだ……」
無意識に、取り外した収納鞄を胸に抱えているとイヴァンから声が掛かる。
「その冒険者達は、ドルミル村の出身なのか……?」
「ああ、残されていた手記に二人の故郷が分かる記述があった。俺は、俺の命を救ってくれた二人への恩返しのためにずっと旅してきたと言っても過言ではない……」
カテリナとヴィセンテを、ようやく故郷に送り届けられる事に歓喜に打ち震えるのと同時にここまで来て全てが台無しになっては意味がないと心を引き締めながらルーベンとイヴァンに頭を下げる。
「イヴァンは俺の事をアルフォンソ殿下が気に掛けている、得体の知れない人間だと思っているかもしれない。そしてルーベンが俺の存在を脅威に感じているのも分かっている。信じてもらえないかもしれないが、ドルミル村を訪れたい理由はそれだけなんだ。どうか、協力してほしい」