「……急に訪問してしまって申し訳ない!ジュリアン神父は健在だろうか?」
距離はあったが失礼を承知でそう声を掛けると、男性が一瞬目を見開いた後鍬を村の奥の方へと指した。
「教会に居る」
一言それだけ言い残すと、男性が踵を返して畑の奥に戻って行ってしまった。
「……許可を貰いましたし、さっさと行きましょう。申し訳ないですけど、早く用事を済ませて帰りたいです」
「ルーベン殿……」
「胸騒ぎがするんです」
ルーベンがかなり険しい表情でそういうと、イヴァンも俯いてしまった。少し考えた後、ゆっくりとこちらにイヴァンが向いた。
「デミトリ殿、言葉を選ばずに言うと私も少し……いや、かなり強い違和感を感じている。長居はしない方が良いかもしれない」
「……分かった、とにかく教会に向かおう」
畑から引き返して、男性が指していた方向に向かって無言で村の中を歩く。少し丘を登った先に、村の中で唯一石造りの建物が見えた。
「ここか……」
建築資材は違えど、風化具合は周囲の家屋と大差なかった。所々抜け落ちた瓦の代わりに廃材で補修された後の残る屋根に、寒風に晒されくたびれた石壁。かつては立派だったはずの色褪せた木製の扉には、錆着いた叩き金が取り付けられている。
叩き金に手を伸ばそうとした瞬間、ゆっくりと扉が建物の内側へと開いた。扉の先では、古びたローブに身を包んだ腰を曲げた老人が立っている。
「こんな寒村に、客人とは珍しい」
しゃがれた声で老人がそう言いながら、鋭い目つきでこちらを威嚇してきた。
「一体何の用だ?」
「急に訪問してしまって申し訳ない。俺は、ジュリアン神父を探している」
「私がジュリアンだ」
怪訝そうな表情でそう言う老人は、明らかにこちらを警戒している。
「……にんじんが大嫌いなジュリアンで、間違いないか?」
「……!? 何を言っているのか分からないな」
俺の問いに一瞬だけ様子を崩したが、すぐにまた警戒してしまった老人が吐き捨てるようにそう答えた。
「オルーガに似ていて、食べる奴の気が知れないんだろう?」
「何故それを……!?」
他人が知りえない情報を立て続けに言われてジュリアンが狼狽えている隙に、収納鞄からカテリナの日記を取り出した。懐疑的な目でこちらを見ていたジュリアンが、ボロボロの日記を見て固まった。
「それは……カテリナの……」
「本当に、ジュリアンなんだな……」
日記の記述とエスペランザに居た際ミケル達に聞いた話を照合すると、カテリナとヴィセンテが亡くなってしまってから少なくとも数十年は経っている。カテリナが日記に書き残した、村に残した幼馴染に会えるかどうか賭けだったがどうやら賭けに勝てたみたいだ。
絶句したまま硬直してしまったジュリアンに、ゆっくりと語りかける。
「唐突な話で申し訳ないんだが、ジュリアンの幼馴染の……カテリナとヴィセンテの遺品に命を救われた。その恩返しをしに来た」
「……! 遺品……やはり二人はもう……」
消え入りそうな声でそう言うと、ジュリアンが黙り込んでしまった。
――二人が消息を絶ってから何十年も経っているはずだ……もし気持ちの整理が着いていたなら、申し訳ない事をしてしまった。
ヴィセンテとカテリナの事を覚えている人間が居なければ、なんとか村人の承諾を得てから二人を埋葬するつもりだった。まさかジュリアンに会えるとは思っておらず、いささか行動が浅はかだったかもしれない。
「……取り乱してしまってすまない。入ってくれ」
イヴァンとルーベンと顔を見合わせてから、建物の奥へと進んだジュリアンの後を追う。
小さな村にしては大きめの教会の聖堂は必要最低限だけ灯された蝋燭の明かりに照らされ、午前中にも関わらず前が見えにくいほど薄暗い。
――なんで窓を閉め切っているんだ?
疑問を抱えながら薄明りの中長椅子に挟まれた通路を進むと、ジュリアンが聖堂の奥の演壇に着いた。燭台に火魔法で明かりを灯してから、最前列の長椅子に向かって腕を伸ばした。
「ここ位しか話せる場所がなくてな、適当に掛けてくれ」
ジュリアンにそう促され、ルーベンとイヴァンが並んで椅子に座った。
「君は座らないのか?」
「……腰は辛くないのか? ジュリアンが立つのであれば、話し合う俺にも立たせてくれ」
「……分かった」
ジュリアンは初対面の時とは比にならない程背筋を伸ばしているが、演壇越しにこちらと顔を合わせるためにかなり無理しているはずだ。
――老体に鞭打っているだろう、早めに要件を伝えないといけないな。
「先程は失礼な態度を取ってしまいすまなかった。話を聞かせてくれないか?」
「こちらこそ、急に訪問した上に名乗りもせず申し訳ない。俺はデミトリで、後ろの二人は俺の付き添いだ。カテリナとヴィセンテに恩返しをしに来たのは俺だけだ」
「恩返し……さっきも言っていたが……」
「俺は、たまたま二人の遺体と遺品を発見した。まずは謝罪させてくれ。勝手に遺品を利用しただけでなく、生き残るためにカテリナの日記も読んでしまった」
「……頭を上げてくれ」
――突然謝られてジュリアンが困惑しているが、無理はないな……どこからどう説明すればいいんだ。