「詳細は省くが……二人の遺品が無ければ、俺は確実に死んでいた。せめてもの恩返しとして、カテリナの日記に書き残されていたドルミル村にもう一度帰りたかったという思いを叶えようと思いここまで来た」
俺とジュリアンを挟む演壇の上に、カテリナの日記と二人の収納鞄を置く。
「この収納鞄の中には、二人の遺品だけでなく遺体も納めている」
「なんだって……!?」
一瞬収納鞄に手を伸ばしかけたジュリアンが、手を引き戻して胸の前で手を組む。
「二人は……」
「勝手に勝手を重ねて申し訳ないが、遺体をそのまま収納鞄に入れているのは忍びなかった……安物で申し訳ないが、一応メリシアの職人街で購入した棺桶に入れている」
「そうか……ありがとう……」
「カテリナの日記に書いてあったが、二人はドルミル村に仕送りをしていたんだろう? 使ったポーションと食料を補充しきれてなくて申し訳ないが、二人の武器も装備も収納鞄に入っている。どうするのかは部外者の俺ではなくジュリアンが決めるべきだと思う、預かって貰えないか?」
ここまで来て大容量の鞄だけ猫ばばするような真似は避けたかったので、この日の為にメリシアで買った収納鞄とカテリナ達の収納鞄の中身は事前に入れ替えておいた。
「……受け取れない」
「だ、だがこれは……」
ジュリアンのまさかの返答に言葉が詰まる。
「勘違いをさせてしまったみたいだな。二人の事は勿論預かる……丁重に埋葬してあげたい。だが装備と収納鞄はいらない」
「……ジュリアンが受け取るべきだと――」
「君達も村の有様を見ただろう? 人が減り、今では数人しか残っていない死に行く村だ……私も老い先短い。使いようもない装備を二人と一緒に眠らせてしまったら、あの世に行った時二人に怒られる」
くつくつと笑いながらそういうジュリアンに、どう返答すればいいのかわからない。
「しかし……」
「あまり老人を困らせないでくれ。頑固さと我慢比べなら負けないぞ?」
「……分かった。二人の装備は大切に使わせて貰う」
「そうしてくれ……君達は村に滞在する予定なのか?」
「色々と事情があり……昼前にはここを出ないといけない」
ちらりとイヴァン達の方を見ると、ルーベンが激しく頷いている。
「そうか。二人の埋葬は、墓地の選定と準備があるからすぐには行えない」
「そうなってしまうか……できれば立ち合って、必要なら手伝いたかったが」
「気持ちだけありがたく頂戴する。村の者の手を借りるから、心配しないでくれ。早速だが二人を出してあげてくれないか?」
ジュリアンに願われ、収納鞄から二人の入った棺桶を慎重に取り出して演壇の前に並べた。丈夫だが武骨な板材で出来た簡素な棺桶が、薄明かりの中存在感を放つ。
――金欠だったとは言え、もう少しまともなものを用意したかったな……
「ありがとう……やっと、二人を迎えてあげられる」
ジュリアンが壇上の裏からこちらに回り、いつの間にか手にしていたカテリナの日記を胸元で握りしめている。
「一つだけ、忠告させてくれ」
「なんだ?」
「カテリナの日記は……読まない方が良い」
「何故だ……?」
――そう言われたら、気になってしまうのは分かるが……
「日記の内容を俺が勝手に口外するべきじゃないが……二人は酷い目に遭った」
「……そうか。誰に何をされたんだ?」
先程まで和らいでいたジュリアンの声が、一気に冷徹さを帯びる。
「……俺の口からは言えない」
――部外者の俺が勝手に日記を処分してしまってはいけないと考えていたが、無駄に悲しませるぐらいならさっさと燃やしてしまった方が良かったかもしれないな……
「気休めにもならないかもしれないが、二人を苦しめた元凶はもうこの世には居ない。惨めな最期を迎えて、今はどこぞの魔物の血肉になっている……聖職者相手にこんな事を言うべきではないかもしれないが、地獄に堕ちているだろう」
「日記を読んだだけの君に、そう言わせる程の人物だったのか」
「……控えめに言って最低な人間だった。奴と関わってから二人が歩んだ道は、知らない方が良い。ジュリアンの記憶のままのカテリナとヴィセンテを覚えていて欲しいと思うのは、俺のおせっかいかもしれないが……」
おもむろにジュリアンが二つの棺桶の間に立ち、しゃがみながら両手で左右の棺桶に手を置いた。
「……久しぶりだな……そうか…………二人………………デミトリ……………‥」
何を言っているのかほぼ聞き取れなかったが、しばらくまるで誰かと静かに対話しているかの様子でジュリアンが過ごすと急に立ち上がった。
「君は優しいんだな……二人を代表して礼を言う。ヴィセンテとカテリナをここまで送り届けてくれてありがとう。この恩は忘れない」
涙を目に溜めながらジュリアンがそう呟いた直後、彼はそのまま振り返って教会の出口に向かって歩き始めてしまった。
「あまり長居はしないんだろう? 教会の出口までで申し訳ないが見送らせてくれ」
あまりにも急な行動だったので若干慌てながらルーベン達がジュリアンを追う。俺は演壇に置いた収納鞄を回収してから、一度カテリナとヴィセンテの前でしゃがみ手を合わせる。
「ここまで生きる事が出来たのは二人のおかげだ。カテリナ、ヴィセンテ、本当にありがとう」
別れの挨拶は手短になってしまったが、心を込めてどうにか伝わって欲しいと願いながら目を強く瞑った。
――神が居て異界の魂が転生させられるような世界なんだ。二人に俺の言葉が届く位、融通を利かせてもらわないと困る……