小声でルーベンが引いているが、正直同感だ。ルーベンの言っている大聖女の事は良く分からないが、そんな伝承上の存在が成し得なかった呪いに対する完全耐性を俺が会得しているとは考えられない。
――大体、呪いへの完全耐性を得る方法が複数の神々に呪われる事だとしたらあまりにも皮肉すぎる……
「どう説明したものか……呪力の塊、例えば死霊系の魔物に基本的に呪術が効かないのと原理は似ているな」
ヴァシアの森でモータル・シェイドに襲われた時、呪殺の霧が自分に効かなかったことを思い出す。
「……腕の立つ呪術士なら、俺を呪えるんじゃないのか?」
「んー、もう少し分かりやすく例えようか……そうだな! 君の体中をめぐる呪力を川に見立ててくれ。その川の中に呪術士が桶に満たした水を投げ入れたとしても、川の流れは変えられないだろう?」
「そのまま、水は川に取り込まれるな……」
「本質的にはそれと同じだ。神呪によって君に授けられた呪力と、呪術士が扱える呪力の規模が違いすぎる。徒人が神の呪いを捻じ曲げてまで君を呪おうとしたら、不発に終わるか術が跳ね返されるだろう」
――呪殺の霧や、聖騎士に着けられそうになった隷属の首輪の様な呪具の類が効かなかったのはそう言う事か。モータル・シェイドが放っていた呪弾の様な、物理的に呪力の塊をぶつけて肉体を傷つける様な攻撃はそれでも効きそうだが……いい事を聞いたな。
メリシアのがらくた市でヴァネッサに冗談半分で呪いの装備が見つかるかもしれないと言ったが、この世界には本当に呪われた品が存在する。
冒険者ギルドの講習で、イムランに値段が安すぎて怪しそうな品は死体剥ぎが売りに出した盗品である可能性や呪われている可能性が高いから気を付けろと口酸っぱく言われた。
――本当に呪いが効かないなら、呪具や呪物を利用して異能に対抗できるかもしれないな……
異能について考えを巡らせていると、ジュリアンが申し訳なさそうな表情を浮かべて教会の扉を開いた。
「……椅子から立たせておいて、こんなに引き留めてしまってすまない。あの場で話してしまった方が良かったな。私から伝えられる助言は以上だ……呪いや呪力については、詳しく調べてみるのをおすすめするよ」
会話の終わりを察して、イヴァンとルーベンが教会を出て行きその後に続いた。振り返ると、扉の奥でジュリアンが手を振っている。
「二人の事は任せてくれ」
「頼む。何から何まで、ありがとう」
軽く手を上げ、無言のまま三人で来た道を戻る。
――短い滞在だったが、有益な情報を得て……やっとカテリナとヴィセンテを故郷に送り届けることができた。
ずっと気掛かりだった恩返しを終え、嬉しさを感じると共に埋葬に立ち会えないことに後悔を感じる。
ジュリアンの言っていた通り二人の墓場の準備もあり、急に押しかけた身である以上我儘は言えなかったが……叶う事なら最後まで見届けたかった。
――ジステインは、ジステイン伯爵領の近くにアルティガス子爵領があると言っていた。色々と片が付いたら……ヴァネッサと共にジステイン伯爵領を訪れてみるのも良いかもしれない。その足で、ここまで墓参りに来ればいい。
漸く目標を一つ達成でき、久しぶりに思考を未来に向けて働かせているとドルミル村の南門に到着した。門を潜り村を出た途端、それまで静かだったイヴァンとルーベンがまるで村を出るまで息を止めていたのかと疑う程荒々しく息をし始めた。
「っ……デミトリ殿、平気なのか?」
「なんで……平然としてるんです!?」
二人の様子がおかしいが、何を言っているのか全く心当たりがない。
「途中から二人共沈黙していたが、一体どうしたんだ……?」
「本当に……なんともないのか?」
「私達が教会を出てから、物凄い……何かを感じませんでしたか?」
「抽象的だが、違和感の様なものか……? 特には何も感じなかったが」
ルーベンとイヴァンが顔を見合わせて、同時に溜息を吐きながら肩をすくめる。
「……デミトリ殿が変わりないなら、我々の勘違いかもしれないな」
「とにかく、用は済みましたし早く帰りましょう。森に戻りますよ」
――二人は、ずっと村から遠ざかろうとしているな。村人の様子もおかしかったし、無理はないが……
「……そうだな。少し早いが早めに王都に帰還する分には問題ないだろう?」
「ああ、殿下がデミトリ殿と予定していた意見交換会の時刻さえ過ぎてなければいつ戻っても問題ない。むしろ、早めに戻った方がルーベン殿が魔術院に戻る時刻をずらして転移したことを隠しやすいから有難い」
森に向かいながらイヴァンに確認すると、何となくだが不穏な回答が帰って来た。
「……王城からの転移について、殿下が許可を取っていたわけではないのか?」
「デミトリ殿は早急にドルミル村に行きたかったんだろう? 幾ら殿下と言えど、議会を通して転移の許可を取ろうとしたらそもそも許可が下りないか、下りたとしても可決まで数年掛かる可能性すらあった。開戦派にも事前に動きを察知されてしまう。『だったら黙って行けばいい』との事だ」
――殿下は俺と話した時は建前ばかりだったが……自分の婚約者を救うため、俺の協力を取り付けるのに必要なら躊躇なく法を破るじゃないか……
呆れてしまうが、ドルミル村に行く手配を迅速にしてくれた件については素直に感謝している。
――殿下が約束を守ってくれた以上、開戦派を釣り出す作戦には協力しないとな……
アルケイド公爵令嬢の目的が分からないまま計画に乗るのに不安が残るが、仕方がない。早々に、ヴァネッサと共に王都を去るだけだ。
「村から誰も付いて来てないですし、ここで大丈夫そうですね。転移魔法を発動します!」