突如現れた客人達が村の結界から出たのを確認して、羽織っていた古びたローブを脱ぎ捨てる。
――人の姿になるのは骨が折れるな。
面白くもない駄洒落に一人笑っていると、魔力で繋ぎ合わせた全身の骨がカタカタと歪な風鈴のように乾いた音を鳴らす。
――二人を埋葬するのは夜を待たないといけないな。今の内に眷属達に墓穴を掘らせるか……
農作業に勤しむ屍人達に念話で指示を出しながら、カテリナとヴィセンテの棺まで移動する。
『しばらく見ない内に痩せすぎじゃないか、ジュリアン?』
村を出た日と同じ、屈託のない笑みを浮かべるヴィセンテの軽口に苦笑する。
「二人が帰ってくるのを待っていたら爺を通り越して骨になっちまった」
『笑い事じゃないでしょ……』
魂の姿になっても尚、カテリナの眼力は健在のようだ。返答に困り生前の癖で頭蓋骨を掻いていると、ヴィセンテが聖堂内を浮遊し始めた。
『そ、それにしても霊体は奇妙な感覚だな! 浮遊できるなら戦闘の幅も広がりそうだ』
怒りに震えるカテリナの様子に気付き、ヴィセンテが話題を変えるために助け舟を出してくれたようだ。
「剣がないしそもそも何と戦うつもりなんだ……服は着ているが、剣は棺に納められてなかったから霊体では持っていないのか?」
『どうなんだろうな? 裸の幽霊の話は聞いたことないけど、甲冑を着て武器を持った幽霊の話は聞いた事があるし幽霊になっても武器を持つ方法はあるんだろうけど――』
『剣の話は今はどうでもいいでしょ。ジュリアン、あなた何をしたの?』
カテリナは話題の変更を許してくれない様だ。腕を組みながら、棺の横で微動だにせずこちらを睨み続けている。
「……色々あったんだ」
『その色々を説明して』
『カテリナ、細かい事は良いじゃ――』
『ヴィは黙ってて』
――変わらないな……
人化を解いていてよかった。懐かしいやり取りを見て、笑みを浮かべたのを見られていたらカテリナは手を付けられない位怒っただろう。
『それで?』
「……二人からの仕送りが途絶えた後、村の馬鹿共が俺が欲を出して横領してるに違いないと言い出して暴れた。対抗するにはこうするしかなかった」
二人が村を出た時は薄情者呼ばわりした癖に、村人達は仕送りが届き始めたら掌を返して二人を称賛し始めた。仕送りが途絶えた時、二人の安否を気にするのではなく真っ先に俺が横領していることを疑う卑しさは……本当に救いようがなかった。
――俺の眷属として、文字通り身を粉にするまで農作業をさせるのがお似合いの連中だ……
長い間酷使して使い物にならなくなった村人も多いが、不眠不休で動ける屍人達の生み出す作物の量が異常なせいで領主が監査官を村に派遣した時は冷汗をかいた。それ以外は、大きな問題もなく村を維持し続けることができたが。
『そんな……』
「アンおばさんやマリオ夫妻とお子さん達は逃がしたから心配するな。後自分のせいだとか気にするなよ? 俺は二人が帰ってくるまで村を守ると約束して、自分の意志でこうなる事を選んだ」
『……話の腰を折って悪いんだが、具体的にジュリアンは今どうなってるんだ……?』
『この馬鹿はリッチになったのよ……』
「おいおい、こう見えてエルダー・リッチなんだ。そこら辺のリッチとは一味違うぜ?」
なるべく軽い口調でそう言ったものの、事の次第をようやく理解したヴィセンテまでも口を閉ざしてしまった。
「……心配するな。二人が思っているようなことにはならない」
『どういう事?』
「俺は二人の帰りを待ち、この地に縛られることを条件に死神と契約してリッチになった。邪法でリッチになったわけでもないし、魂も売っていないから正気を保ててるだろう? こんななりで聖属性の魔法もまだ使える。魂送りの儀式も問題なく出来るから、二人を送ってしばらくしたら俺も成仏するよ」
安堵で胸をなで下ろす二人に、今度はこちらから質問する。
「二人の方こそよく悪霊にならなかったな?」
『俺達の場合は加護がデカかったんじゃないか?』
『ずっと見守って貰ってたのに、うじうじして問いかけに応えないで……今更サシャ様に顔向けできないわ……』
記憶が正しければ、サシャとはカテリナに加護を授けた水神の名だったはずだ。
「先程二人にデミトリについて確認した時も驚いたが、水神と闘神は二人を見守るだけでなくデミトリに神呪まで授けて……かなり気に掛けているんだな」
『神呪の内容がちょっとあれだけど……フリクト様は俺の時もそうだったけど、なんかずれてる気がするんだよなぁ……』
遠い目をしながらそう言うヴィセンテの気持ちも分からなくもない。
デミトリには濁して伝えたが、いくら戦士として成長できる機会が与えられるとは言え……強者と惹かれ合う上に逃げれば追い詰められる闘神の神呪は、命神の神呪を受けている人間との相性は最悪と言っていい。
『……私達も気づかなかったけど、いつの間にか月神にまで呪われてるし……デミトリは大丈夫かしら……』
『あれ、絶対ヴァネッサちゃんと関わったからだよな? ヴァネッサちゃんもいい子だと思うんだけど、デミトリが絡むとちょくちょくやばそうなんだよなぁ……』
『そうね……それに良く分からない派閥争いにまで巻き込まれて、心配だわ』
二人の意志を汲み取り、なるべく前向きにデミトリに助言したが彼の状況は相当厳しいものらしい。
――ヴァネッサとやらについては良く分からないが、俺もデミトリが神呪を四つも授かっている事に気づいた時は目を疑った。しかもあの命神の神呪は危険だ……せめて、デミトリが何かしらの加護を持っていれば……
『困り事のようだな、我が愛し子よ』
「……何度も言うが、必要に駆られて契約しただけで私はあなたの愛し子になったつもりはない」
急に聖堂内に響き渡った澄んだ声に、カテリナとヴィセンテが目を丸くしながら驚く。
『案ずるな、彼の者が去る際我が加護を授けておいた』
「加護を……!?」
『死神の加護だ、命神に嫌われた者にはぴったりだと思わないか? 命を司るあやつに呪われた程度で、つまらない死に方をするのは癪だろう』