グローリアの発言に全身の肌が粟立つ。俺が彼女に対して得体の知れない悍ましさを感じているとは露知らず、聖母の様な微笑みを浮かべながらグローリアが語り始めた。
「これからは幸せな毎日が待ってるから安心して。一緒にアルフォンソ殿下を支えて、開戦派を倒そう。そうしたら、もう二度と寂しい思いはしなくて済むから」
「……開戦派を釣り出す作戦に協力するとアルフォンソ殿下に約束した以上、相応の働きはするつもりだ。未来を知っているんだろう? どうすればいいのか聞きたいんだが……」
「やっぱりデミトリは真面目さんだね……そういう所が良いんだけど!」
話を本筋に戻そうと試みたが逆効果だったようだ。恍惚とした表情を浮かべながらグローリアが口にした内容に絶句する。
「今まで誰一人としてデミトリを必要としなかったのに、急にこんな事を言われて戸惑ってるんだよね? もう少し好感度を上げないとか……もうルートに入ったし、後はもうエンディングに進むだけだから推しが苦しむ位なら早めに安心させてあげようと思ったけど……アルフォンソ殿下と同じでやっぱりちゃんと攻略しないとだめか……」
グローリアがぼそぼそとセイジと似た独り言を言い始めた所で、危機感から魔力が揺らいでしまった。彼女は自分の世界に夢中の様子だが、背後では護衛達が魔力の揺らぎに気付き強張ったのか一斉に鎧が動いた金属音がした。
――こちらの音は遮音されるのに、あちらの音は聞こえるんだな……
どうでもいい事を考えながら無理やり気持ちを落ち着かせ、魔力の制御を取り戻してから今も尚独り言を続けるグローリアに意を決して話しかけた。
「……もう話は終わりか?」
「ええ、時間を取らせてしまってすみません。未来予知ですが……来週、アルケイド公爵家で茶会を開きます。招待するので必ず殿下と一緒に出席してください。そこで、全て決着が着きます」
「……分かった」
キリっとした表情でそう言うと、グローリアが遮音の魔道具を停止させてアルフォンソ殿下の待つ執務机へとすたすたと歩いて行ってしまった。
――急に口調をアルフォンソ殿下と話していた時の物に戻していたが、あれでごまかせているつもりなのか……?
部屋の隅で呆然としているとグローリアが遮音の魔道具を殿下に返し、何かを耳打ちしてからそのまま執務室の扉の方へと向かって行った。
「急な訪問で、ご迷惑をお掛けしました。アルフォンソ様、またお会いできるのを楽しみにしていますね……それでは失礼します」
「私も楽しみにしてる」
令嬢の鏡の様なカーテシーをしてから、そのままグローリアが退室して行った。護衛が扉を閉じるのと同時に、物凄い勢いでアルフォンソ殿下に詰め寄られた。
「途中魔力が揺らいでいたが、一体彼女と何を話したんだ!?」
当たり前の疑問だがどう答えるべきか悩む。
――三人で家族になろうと言われたとは、口が裂けても言えないな……
「……すまない。未来予知の証明として、アルケイド公爵令嬢が知っているはずのない俺の情報を話されて動揺してしまった」
「それは……そうか。私も似たような経験があるから、強くは言えないな……」
――アルフォンソ殿下相手にも似たような事を……? そうか、殿下がグローリアに全幅の信頼を寄せているのは、物語の知識を利用して攻略したからか……
物語の知識を使って、殿下に取り入ったのだろう。本人が攻略と言っていた事と相まって、グローリアの所業に反吐が出そうだ。
「……心配をかけてすまなかった。未来予知については、来週アルフォンソ殿下と一緒にアルケイド公爵家が主催する茶会に参加すれば良いとしか聞かされていない。そこで、全てに決着が着くと言っていた」
「退室間際に招待状を送ると言われたが、そういうことだったのか……」
――さっき耳打ちしていたのは、茶会の件か……
「……一応言っておくが、俺はヴィーダ王国の茶会の作法も分からなければ礼服も持っていない」
「作法については問題ないだろ。君が猫を被っている時は、並の貴族よりしっかりしてる。服もこちらで用意するから心配するな……一応採寸はした方がいいな。良い頃合いだし、迎賓館に戻ってアロアに相談してくれ」
不安だらけのまま殿下の執務室を後にして、護衛に先導される形で迎賓館を目指す。城内の広い廊下で警備兵や使用人以外とすれ違うのは稀だが、たまに出会う文官と思わしき人間には痛い視線を送られる。
――アルフォンソ殿下は傍に居る時間が増えて気づいたが、かなりの量の執務をこなしている。文官達は、頻繁に一時間近く殿下を拘束する俺を目の敵にしている節があるな……殿下は俺がいると、邪魔が入らず作業出来て楽だと言っていたが……
ようやく中庭に面した出口に辿り着いた所で、案内してくれていた護衛が一直線に俺の方に向かって歩いて来た男と俺の間に立った。
「どきなさい」
「承服致しかねます」
「誰に向かって口を利いているのか分かっているのかね?」
「アルフォンソ殿下より、客人には何人たりとも接触を許すなと指示されています。お引き取り下さい」
「ちっ……」
舌打ちしながら、鋭い目つきをした鷲鼻の男が苛つきを隠せない様子でずかずかと城の奥へと消えて行った。慌てた様子で後を追う付き人に、同情を禁じ得ない。
「ここ数日デミトリ殿に接触を試みていたのは、セルセロ侯爵の手の者だったみたいですね。困ったものです」