――我ながら完璧だった……
デミトリに加護を授けた事を告げた時、ジュリアンはなぜか驚愕したまま固まってしまったが……嬉しすぎて思考が停止したのだろう。愛し子の言葉を奪う程の自分の手腕に、自画自賛してしまっても仕方ない。
感謝の言葉を待たず、友との再会に水を差さない去り際の良さと言い……領域に戻ってからずっと余韻に浸っている。
――愛し子に威厳のある所を見せ、問題を解決してから颯爽と去る……尊敬されたに違いない……
「ムエル!!」
怒号と共に、二柱の神が突如として領域に踏み込んで来た。
「っ!? と、闘神と水神か。我に何か用か……?」
急に現れた時点で嫌な予感はしていたが、様子がおかしい。怒りを露にしているサシャだけでなく、一件冷静そうなフリクトの神力も揺らいでる。
「とぼけないで! 何勝手に加護を授けてるのよ!?」
「ムエル……今回ばかりは僕も見過ごせないよ?」
彼らがこんなに怒っている所を見たのは久々かもしれない。焦りから、普段から威厳のある口調を心掛けているのにどもってしまう。
「も、もしかしてデミトリの件か? わ、我は良かれと思って――」
「デミトリは私達の愛し子を助けてくれたんだから、私達がお礼に加護を授けるべきでしょ!」
サシャがそう怒鳴るが、なぜこんなに責められなければいけないのか分からない。
「そ、それを言うならデミトリは我の愛し子も助けてくれたから、我が加護を授けてもいいはずだもん!」
困惑のあまり口調が元に戻ってしまった。怒りを抑えきれない様子のサシャを後ろから抱きかかえながら、フリクトが会話を引き継ぐ。
「サシャ、落ち着いて。ムエル……愛し子ってジュリアンの事かな?」
「そうだ! 我と契約して何十年も友の帰りを待っていたが、デミトリのおかげでようやく願いが叶った。加護を授けるには十分な理由だ!」
「でも、僕らに一声あっても良かったよね?」
サシャよりも表面上落ち着いている様に見える分、静かに怒っているフリクトの方が圧を感じる。
「それは、た、たまたまデミトリが我が見守っていて繋がっているジュリアンの傍に居たから……加護を授けるのに丁度良くて……」
「ヴィセンテから聞いたけど、デミトリは僕等の神呪だけじゃなくて命神と月神にまで呪われていたみたいだね? まさか、僕らの神呪を対価に加護を授けてないよね?」
弱めの加護であれば対価は必要ないが、一定以上の神力が込められた加護を授ける場合は守らなくてはいけない決まり事が幾つかある。加護に釣り合う対価もその一つだ。フリクト達は我が無断で彼らの神呪を対価にして、デミトリに加護を授けたのではないかと心配している様だ。
「我はそんな事しない……それにデミトリは、そもそも加護を持っていなかった」
我の発言に、二柱が沈黙する。
「あの神呪を授かっていたのに加護を持っていない? そんなはず……」
「ミネアの……月神の神呪はともかく、命神の神呪の内容をカテリナから聞いたけどあれは強力な加護を授けるのと引き換えに均衡を保つための枷として与えられる様な代物よ? 加護無しで、あんな強力な神呪を授けるなんてあり得ないわ」
「サシャの言う通りだ。それ以外の神呪も、その、嚙み合いが悪いものがあったりするから……このままだとまずいな……」
「それはフリクトが考えなしに神呪を授けたからでしょ!」
フリクトの腕の中で暴れるサシャが怖い。距離を取るために、じりじりと後ろに下がる。
「わ、我も加護を授かっていないのはおかしいと思った! 命神の癖に死に追いやる神呪だけ授けているのが許せなかったから、命神の神呪を対価にうんと強い加護を与えたのだ!」
「……具体的に、どんな加護を与えたの?」
「えっと、死霊の王になれる加護――」
「デミトリは『戦士』『魔法使い』なのに!」
サシャとフリクトが顔を見合わせる。
「……独学で氷の魔法を編み出して、操作の難しい水圧変化もできる魔法使いは水魔法を極めるべきよね?」
「いつでもデミトリを救ってきたのは、戦士としての闘志とヴィセンテの剣じゃないかな?」
「わ、我は水魔法を使う魔法剣士兼死霊術士でもかっこいいと思――」
物凄い形相で睨まれてしまい、口を噤む。
「いつの間にか鍛冶神の神器まで手に入れてるし……魔法使いっぽくないわ……」
「全身を守る鎧は、防御に重きを置き過ぎてて戦士として消極的にならないか心配だ……」
――待って? デミトリって神器まで持ってるの? 我知らなかったんだけど……
強力な神呪を授かっているのに加護を与えられていない事も踏まえると、デミトリは明らかに何かに巻き込まれている。二人が気にするべき所はそこではないと突っ込みたいが、指摘する勇気が湧かない。
「とにかく……ムエルは命神の神呪と釣り合う加護を与えたみたいだけど、私達は私達が授けた神呪を対価に加護をあげても問題ないわよね?」
「与えられた神呪と数々の試練を乗り越えて、僕達の愛し子を救ったんだ。理由としては十分だよ」
「ムエル、分かるわよね? 協力してもらうわよ?」
「ムエルならすぐにデミトリを見つけられるよね? ヴィセンテ達からデミトリが離れてしまったから、僕らが加護を授けるのを手伝ってもらうよ」
「はい……」
最早抵抗する気力すらなく、言われるがままデミトリを水面に映し出す。水面に移ったデミトリに興味津々な様子で、サシャとフリクトが水面に近づく。
「やっと会えた……! 不安だったけど、元気そうで良かった……」
「良い体つきだ!」
「隣の子がカテリナ達の言っていた月神の愛し子かしら? デミトリが彼女の事を気に掛けてるって言ってたわね……守ってあげたいけど、火属性か……」
「英雄色を好むって言うけど、大変な目に合ってるのにちゃっかり伴侶を見つけるなんてデミトリは想像通り筋が良いよ!」
――フリクトだけずっと何かずれてない……? 我、指摘した方が良いの?
我の疑問などよそに思い思いの感想を述べた後、二柱の神が微笑みながら神力を贈り物に込める。
「「デミトリ、私達の愛し子達を救ってくれてありがとう」」