——茶会がいつ終わるのかを先に聞いておけば良かったな……
テーブルに着席してから体感で既に一時間ほど経っているはずだ。殿下の賓客ではあるが特段話を振られるわけでもなく、展開している魔力感知擬きに神経を注ぎながら延々と続く貴族達の会話を聞かされ続けている。
――……今の所何かが起こりそうな気配はしないな……
リカルドとの一件があったので一応会話を聞き逃さない様に意識しているが、魔力感知擬きと並行して興味のない会話を聞き続けるのは思いの外難しい。
やれ今年は自領の特産物が豊作だの、最近購入した美術品の自慢だの……出された紅茶にほぼ手を出さずよくもまあ会話が続くものだと感心する。
――紅茶は美味しいな…
前世のカモミールティーに似た紅茶を味わっていると、突如としてストラーク大森林で感じたような違和感に襲われた。
違和感を覚えた方向に目を向けると屋敷の方向から給仕の集団がこちらに向かって来ている。彼等がテーブルに到着するのと同時に、グローリアが全員に向けて話始めた。
「皆さん、ご歓談中に失礼します。我が領で開発した新しい紅茶を振舞わせてください。花弁を落として楽しむ、ローズペタルティーと呼ばれる物です」
招待客達が口々にアルケイド公爵家を褒めそやす中、給仕達が新しいカップを配りながら粛々と紅茶を淹れる準備を進め始めた。全員に紅茶が振舞われたのと同時に給仕達がそれぞれティーポットをトレイの上に戻し、小さな磁器製の容器を手に持った。
――あれは……!
殿下とグローリアを担当している給仕が細長いスプーンを容器に差し込み、掬い出した物から強烈な違和感を感じる。細かく刻まれているが見覚えのある空色の花弁は、その鮮やかな色合いに似つかわしくない濃厚な死の予感を纏っていた。
「アルフォンソ殿下には、希少なアジュールローズの花弁を是非堪能して――」
「きゃっ!!」
青い花弁をカップに注がれた紅茶に落とそうとした給仕の腕を掴み無理やり止めた。給仕の悲鳴に反応して言葉を止めたグローリアだけでなく、招待客達からも凝視されているのが分かる。
「何事ですか? 幾らアルフォンソ殿下の賓客とは言えその様な行動は許される物ではありません。彼女を離しなさい」
普段よりもやや低めの声と固い口調から招待客達にはグローリアが怒っている様に見えるだろうが、目の奥で笑っているのが何となく分かる。
――ここからが本番と言う事か……
「……ヴィーダ王国では王族に毒を振舞うのが最高級のおもてなしなのですか?」
「何を馬鹿な事を。アルケイド公爵家の総力を持って開発したアジュールローズを毒だと言いたいのですか? 公爵家相手にそんな事を仰って、虚言だと証明された時どうなるのか理解された上での発言ですか?」
「……この給仕に毒見させてください。何も問題なければ、如何なる罰も甘んじて受け入れましょう」
「良いで――」
グローリアが発言し終える前に、給仕が磁器を持っていたはずの手にいつの間にか短刀が握られていた。俺の腕を切ろうとして来たので咄嗟に腕を離す。
自由を得た給仕がアルフォンソ殿下に切りかかったのをカルロスが防ぎ、追撃したイヴァンの剣を避けた給仕が窮屈な給仕用のドレスを着ているとは思えない俊敏さでテーブルから距離を取った。
一瞬の出来事過ぎて招待客達はすぐには反応できなかったのか、イヴァンとカルロスが殿下を守る陣形を取り俺が立ち上がった辺りでようやく招待客達の間に動揺が走る。
「皆、落ち着け」
先程までのグローリアとのやり取りを静観していたアルフォンソ殿下の一声で、招待客達が少しだけ落ち着きを取り戻す。
――招待客はともかく紅茶を準備していた他の給仕達が全く動揺していないのを見るとぐるだろうな……
「殿下、あの女は任せてくれ」
「デミトリ殿?」
俺の急な提案に驚いたイヴァンがこちらに問いかけてきたが、今は詳しく説明している暇がない。
「この状況で逃げないと言う事はまだ殿下の身が危ない。イヴァンとカルロスは守りを固めた方が良い」
「世話を掛けるなデミトリ、言葉に甘えさせてもらう。イヴァンとカルロスは俺とグローリアに誰も近づけるな、デミトリは賊を拘束してくれ」
皆まで言わずとも殿下には意図が伝わったようだ。許可を得たのでテーブルを離れ庭園の芝の上で短刀の女と対峙する。
「王家を惑わすガナディアの悪魔め!」
「……王族を毒殺しようとした賊に言われる筋合いはない」
――殿下の毒殺を試みた後すぐに暗器の短刀で襲い掛かった事を考慮すると、異能の心配はあまりしなくても良さそうだな……確実に殿下を殺す手段があるならあの時使っていただろう。
現状一番の問題はテーブルに残った給仕達と一向に現れないアルケイド公爵邸の警備だ。招待客の貴族を人質に取られたら面倒な上、短刀の女に加勢して暴れられたら流石に対処しきれない。
――仕掛けてこないのは時間稼ぎだろうな……
ちらりとテーブルの方を見ると、感情のない目で見守る給仕達とは対照的に招待客達の多くはなぜさっさと戦わないのかと言わんばかりの焦燥感混じりの表情でこちらを凝視している。
こちらは無手で相手は武器を持っている。自分達は加勢するつもりもないのに良く非難の眼差しを送れると内心呆れてしまう。
――……もう俺の手の内は大体バレている。最初から全力を出さないと足元をすくわれかねないな……
そう自分に言い聞かせながら、例のポーズを取る。