――辛うじてリカルドが機会を伺っていそうに周囲を警戒している位か? 他の奴らは……
『まともに戦えず魔法すら使えん愚物が!!』
久々に愚父に浴びせ掛けられた罵声を思い出して、グラードフ家に似た思考に染まっていた事に肝が冷える。
――俺はあいつとは……あいつらとは違う……
立ち止まり、突如として沸いた昏い感情を暴れ出そうとする呪力に込める。幸いなことに俺の行動を不審に思ったのか、兵達も警戒しながらこちらの様子を伺っている。
「……おい」
「どうした? 降伏する気にでもなったか?」
「俺の全身全霊を注ぎ込んだ魔法を放つ……死にたくなければ防御してみろ」
制御を敢えて甘くしながら膨れ上がった呪力を魔力に込め始める。
「っ!? 総員守りを固めろ!!」
魔力の揺らぎに気づいた大剣使いの号令で兵士達が慌てて防御陣形を組み始めた。
はったりに引っかかった兵士達の姿が土壁に隠れたのを確認して、倒れたまま放置されていた短刀の女の元に駆け寄り身体強化を維持した状態で首元を勢い良く踏み抜いた。
骨が砕けた甲高い音が鳴り、鉄靴越しに肉が潰れる嫌な感触が伝わって来る。
無抵抗の人間の命を文字通り虫けらのように踏みつぶす非道な行いに抵抗を感じない訳ではないが、今は気にしている余裕がない。
こんな所で今更悔いるには俺は人を殺し過ぎたのだと自分に言い聞かせながら、逆流しそうになる胃の中の紅茶を無理やり感情と共に飲み込んだ。
――……エンツォと決闘したせいで俺の能力はほぼ割れているが、こんな事ができるのは流石に知らないだろう?
ありったけの呪力を込めた水魔法で女の死体を包みこみ、兵士達が異変に気付き土壁の裏から顔を出した瞬間久しぶりにこの世の怨嗟を凝縮したような雄たけびが鼓膜を揺らした。
「――――――――!!!!」
「モータル・シェイド!!!?」
「「「「うわあああああ!?」」」」
突如として現れた死霊を前に慌てふためきながら兵達が一心不乱にモータル・シェイドに魔法を放ち始めた。必死に放たれた魔法はすべて、実態を持たないモータル・シェイドを無情にもすり抜けていく。
「馬鹿者!! あれに通常の魔法は効かん!!!! 術者を叩け!!」
――呪殺の霧で剣士を殺せ。
攻撃の対象が分散した事によって、劣勢だった戦況に僅かな余裕が生まれた。ただ一人冷静さを保っていた指揮官の大剣使いが必死に兵の統率を取ろうとしている隙に、モータル・シェイドに指示を念じながら周囲の地表を凍らせた。
宙を浮くモータル・シェイドに気を取られていた兵達は、自分達の足元が氷の膜に覆われてことにまだ気づいていない。
「――――――――!!!!」
「総員退――」
雄たけびを上げたモータル・シェイドから漆黒の霧が漏れ出た直後、指示を出しながら走り出そうとした大剣使いが氷面に足を滑らせてその勢いのまま地面に倒れた。
何が起こったのか分からず、一瞬呆けた表情を浮かべた剣士を無慈悲な漆黒の霧が包み込む。
「あっ、あっ!? 嫌、いやだぁああああ!!!?」
断末魔の叫びが途絶えて霧が晴れた跡には、干乾び絶命した兵士の亡骸だけが残されていた。いつの間にか後方で繰り広げられていた剣戟すら聞こえず不気味な静寂が庭園に訪れた。
――モルテロも霧に飲み込まれた後情けない悲鳴をあげていたが、あれも呪殺の霧の効果なのか?
呑気に考え事をしながら、硬直してしまった兵達を無視して新たに出来上がった死体も呪力の込められた水魔法で包み込んでいく。
「――――――――――――!!!!!!」
――命令されただけで悪事に手を染めていないかもしれないと思ったが、結局こいつも悪人か……お前らで残りの兵士達を始末しろ。
「「――――――――!!!!!!」」
「く、来るな!」
「「うわぁあ!?」」
元気よく? 返事したモータル・シェイド達にパニックに陥った魔剣士の処理を任せ、殿下達に加勢するために振り向き歩を進めると招待客達が喚き始めた。
「「「「いやああああああ!!」」」」
「悪魔だっ!!!!」
「死にたくないぃ!!!」
わざと魔力の揺らぎを発しながら両手を掲げると招待客達の恐慌状態は最高潮に達した。
ようやく我に戻った給仕達の注意がこちらに向いたのを逆手に取って、イヴァンとカルロスが一人ずつ敵を背後から切り伏せた。これで残る敵は給仕二人と兵が四人。形勢逆転とまではいかないが大分戦況を持ち直せた。
――……イヴァン達は俺が味方だって分かっている。あいつらにどう思われても構わないが……
命懸けで襲撃者達と戦っている横で喚くしか能のない招待客達に対する怒りを呪力に変えて、残る二人の給仕達に放つ水魔法に込めた。
魔法の発動と同時に全力でその場を離れようとした給仕達が逃れられない速さで迫る激流に呑まれ、水の牢獄に囚われたのを確認してから殿下に問いかける。
「……生かしておいた方がいいか?」
「安全を確保してグローリアを治療する事が最優先だ! どうせ捕らえても情報を引き出す前に自害するだろうから始末してくれ!」
――グローリアの負傷のせいでかなり短絡的になっているな……
全く情報を引き出せないとも限らないと思ったが、上司の指示だ。一瞬ためらった後、水牢の中で藻掻く給仕達が圧し潰され赤黒い霧に変わった。
――これ以上モータル・シェイドは増やさなくても良さそうだな。
給仕達が片付いたので兵士達の方に注意を向けたが、一人を残して既に全滅していた。二体のモータル・シェイドに挟まれた兵士がこの世の終わりの様な表情を浮かべながら震える手で剣を構えている。
「オ、オリオル様!! お助け――」
――止まれ!
モータル・シェイド達が呪弾を放とうとしたのを間一髪の所で止めて、展開していた霧の中で兵が『オリオル』と言った瞬間大げさに反応した招待客の一人に注目する。俺だけでなく、他の招待客や殿下の視線もオリオルと思わしき令息に集まる。
「説明してもらおうか、オリオル?」