カルロスとイヴァンが周囲の警戒を続ける中、未だに矢が刺さったままの状態のグローリアをアルフォンソ殿下が抱き抱えている。
矢を囲むように宛てがわれた血染めの布巾を殿下が力強く押さえつけ、なんとか止血している状態だ。周囲に置かれた真っ赤な布巾の数々が、出血と傷の酷さを物語っている。
「……万が一の事態に備えて高級ポーションを常備しているだろう? 早く矢を抜いて治療を――」
「これはただの矢じゃない……呪詛の矢だ。解呪士を頼るか、教会で祓うしかない……!」
「呪詛の矢……!?」
「殿下、いずれにせよ早くアルケイド公爵令嬢を治癒術士に診てもらうべきです!」
「分かってる!! 未だに姿を現していない射手が気掛かりだが……イヴァンとカルロスに王城への伝令を任せる、増援が来る前に王国軍の救援を呼んでくれ」
殿下の指示を聞き、すぐにでもこの場を立とうとしたイヴァンとは対照的にカルロスが神妙な面持ちで殿下に迫った。
「殿下、馬車でもお伝えしましたが御身の安全が最優先――」
「くどいぞカルロス! デミトリに伝令を任せるつもりか? イヴァンとカルロスが行くしかないのは分かるだろ」
「せめてイヴァン先輩は残――」
「そこまでだカルロス。心配なのは分かるが、私一人で行って私が敵に討たれたらどうする? 殿下を守るためにも、二人で迅速かつ確実に応援を呼ぶのが私達の果たすべき務めだ」
「ですが……」
食い下がるカルロスの気持ちも分からなくもないが、今は時間が惜しい。
「ここまで来たらもう出し惜しみをしても意味が無いな」
「デミトリ殿??」
圧殺してしまった給仕達はもう使い物にならないが、オリオルを含め新鮮な死体が後七つもある。全ての死体を水魔法で包み、呪力を込める。
「「「「「「「――――――――!!!!!!!!」」」」」」」
新しく生まれたものも含め、計九体のモータル・シェイドに囲まれた事によって招待客達が魂の抜けたような表情を浮かべた。
――悪魔だの呼ばれていたがこれで人外扱いに拍車が掛かるだろうな……ぎゃーぎゃー喚かれるよりはましだと思おう……
「……カルロス、これなら安心か?」
「すみません! 殿下を頼みます!!」
走り去って行くイヴァンとカルロスを見送りながら、殿下の周囲をモータル・シェイドで固めて大剣使いの持っていた剣を地面から拾い上げた。
慣れている獲物と比べて刃が長く扱いにくいが、魔剣士達が持っていた鈍らよりも数段質が上なのが見ただけで分かる。
――彼等は魔法が主体で、剣は飾りだったのかもしれないな……
大剣を担いで殿下の元に戻り、テーブルを囲む形で氷壁を展開した瞬間耐え難い脱力感に襲われた。
――魔力を使いすぎたか……
敵に監視されているのかどうか分からないので、大剣を地面に突き刺し両手を柄に乗せながら警戒する振りをして体重を預ける。
――注意深く見られてしまったら重心がおかしいと気づかれてしまうかもしれないが……
「守ってもらっておきながらこう言うのも何ですけど、落ち着かないですね」
歯に衣着せぬ物言いでリカルドがそう言うと、彼の隣に座っていた令嬢がこくこくと頷いた。俺が彼らの方に視線を移したのに気づいたのか、令嬢に縋っていたもう一人の令嬢が静かに泣き出してしまった。
「……皆様には絶対に危害を加えないので、ご安心下さい」
「今更その口調に戻すのは無理があるぞ……」
グローリアを抱きかかえたままの殿下にぼそっとそう言われ、一瞬むっとなったが深呼吸をしながら平静を保つ。
――殿下もグローリアの容体が気になって気が気じゃないだろう……今の発言もどこか上の空だった。俺がしっかりしないといけないな。
今は大人しくしているが、招待客達が恐慌状態にでもなったら目も当てられない。なるべく落ち着いて貰えるように、殿下の指摘を無視して丁寧な口調でリカルド越しに全員に向けて語りかけた。
「……皆様、緊急時とは言え先程までは荒い言葉遣いで皆様に不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。モータル・シェイドに囲まれて不安に思われるかもしれませんが……王城から応援が来るまでの短い間、辛抱して頂ければ幸いです」
務めて優しい口調ですぐに助けが来ると伝えようと心掛けたが反応は良くない。リカルドと彼の横に座っている令嬢以外は、こちらとの対話を完全に拒否する姿勢を見せている。
「殿下、発言の許可を頂けますか?」
「リカルド……急に畏まってどうした?」
「皆さんに共有した方が良いと思う事があります」
「別に構わないが……」
訝しげに眉をあげながら、殿下がリカルドに許可を与えた。
「ありがとうございます。皆さん! 慣れない状況で疲弊しているかもしれませんが、襟を正してください!!」
リカルドの号令に、驚く事に腑抜けていた貴族達が一斉に姿勢を正した。
「得体の知れないデミトリさんが恐ろしい、モータル・シェイドが悍ましい、刺客達の急襲に戸惑いを隠せない……貴族として毅然とした振る舞いを求められていてもこの状況でそれが難しいのは理解できます。ただ、理解はできても擁護は出来ません」
——……半分以上俺の事じゃないか?
「王家の忠臣ならば、如何なる状況でも貴族に相応しい立ち振る舞いが求められます。脅威と対面した際、抵抗なく崩れ落ちるのがヴィーダ王国の貴族ですか!? 違うでしょう!!」
力を込めて振り下ろされたリカルドの拳が、招待客達の囲むテーブルを揺らした。全員とまでは行かないが、令息令嬢達の顔つきが変わったのが分かる。
——殿下はリカルドの事を側近候補と言っていたが、大したものだな……