「イヴァン殿!! 二班、公爵邸の制圧完了しました!」
「幾らなんでも早すぎないか?」
「家に帰して頂戴!!」
王国軍の登場とモータル・シェイド達が消えた事も相まって招待客達は良くも悪くも元気を取り戻したようだ。あのまま気を失うと思っていたが、なんとか意識を手放さずにいれたので芝の上で横になりながら喧噪に耳を傾ける。
「茶会を成立させるのに必要最低限の人間しかおらず、蛻の殻でした……アルケイド公爵と公爵夫人の行方も依然として分かっていません」
「何だと!?」
「早く我々を——」
「大人しくお待ちください!!」
「誰に向かって口を聞いて——」
——殿下がグローリアの治療に付き添ってテーブルを離れた途端これか……これ以上邪魔になられると困る……
「デミトリ殿!?」
大剣を杖にしながら立ち上がった俺を見て、騒ぎ立てていた令息令嬢達が一斉に口を閉じた。痙攣しそうになる足に無理やり力を入れて魔力の枯渇をごまかしながら、背筋を伸ばして警戒の姿勢を取る。
「心配を掛けて申し訳なかった……もう大丈夫だ。不穏分子が居ればいつでも対応できる」
イヴァンではなくテーブルの方を見ながらそう言うと招待客達が再び意気消沈した。
「迷惑を掛けてしまって申し訳ない……無理をされてないか?」
「全快とは言えないが横になってある程度回復した。気にしないでくれ」
「……感謝する」
イヴァンと小声で共有をし終えると、一人の兵士がこちらに近寄って来た。幼げな顔つきだが鎧越しにもかなり鍛えているのが分かる大柄な兵士が、淡いピンク色の髪を揺らしながらイヴァンに敬礼する。
「イヴァン殿、三班の部隊長のブレイスです!」
「楽にしてくれ。三班は公爵邸周囲の警邏を担当していたな? 報告を頼む」
「はっ! 警邏中に行った聞き込みの結果、アルケイド公爵家の家紋付きの馬車が城下町方面に向かって走って行った目撃情報が複数ありました」
——公爵邸の敷地内だけでも見えている範囲で相当数の王国軍の兵士達がいるのに、周囲の警邏にまで人員を割いているとは……
ここまで来ると万が一今回の襲撃犯が公爵家の手の者ではなかったとしても、公爵家はただでは済まされないだろう。公爵邸の敷地内で殿下が襲われた責任を問われる上、これだけの兵力を公爵邸に投入されてしまったら言い逃れのしようもない。
仮に殿下を身を挺して庇った事でグローリアが連座で罰せられなくても、殿下の婚約者のままでいられるとは到底思えないほど収拾がつかない状況になっている。
「目撃されたのがいつ頃か分かるか?」
「申し訳ありません。目撃者達の情報を照らし合わせた結果、茶会の開催中に馬車が公爵邸を発ったと思われますが詳しい時刻の特定までは至りませんでした」
「いや、十分だ……私が伝令を届けるために公爵邸の厩舎から馬を拝借した時、公爵邸の馬車が停まっていなかったのを確認している。茶会の開催中に誰かが公爵邸から移動したのは確実だ。三班は引き続き周囲の警邏と聞き込みを続けてくれ!」
「はっ!」
ブレイスが報告を終え、再び敬礼をした後に走り去って行くのと入れ替わる形でカルロスがこちらに戻って来た。
「デミトリ殿、立っていて大丈夫なんですか?」
「ああ、カルロスこそ殿下の傍を離れて問題ないのか?」
「茶化さないでください! イヴァン先輩が救援と一緒に護衛の仲間達を呼んでくれたので今は私が付きっ切りじゃなくても大丈夫です」
怒ってはいるものの、カルロスが普段の調子を取り戻しつつあることに安心する。
「アルケイド公爵令嬢の容体は……?」
「治癒術士の治療のおかげで大分安定しました。搬送準備が整ったのでこれから王城に向かいます。デミトリ殿にも同行願います」
「……分かった」
「煮え切らない様子ですが」
イヴァンに突っ込まれてしまったが、なんと言えば言いのか悩ましい。
「俺は……アルケイド公爵令嬢にこの茶会に参加すれば全て決着が着くと言われていた。王城に帰った所で、アルケイド公爵令嬢は負傷しているし開戦派の件も片が付いたとは言えないままだ」
「それは……」
「アルケイド公爵令嬢の物語の中の俺なら未来予知の事も知らず何も疑問に思わず王城に戻るかもしれない。そう考えて了承したが……」
――何が正解なのか分からないが、殿下とグローリアと行動を共にするならこの後また何かに巻き込まれそうだな……
「カルロス殿! 馬車が到着しました!」
治癒術士と思われる男が息を切らしながらこちらに駆け寄り、すぐにでもこの場を離れたそうな緊迫感で馬車の到着を告げた。魔力枯渇症の前兆か唇が青く染まっており、魔力を絞り出すために無理をしたのか滝のように汗をかいている。
——まさか、容体が悪化したのか?
「すぐに行こう」
「カルロス、お前も一緒に王城に戻れ」
「イヴァン先輩?」
「私も騎士隊長に引継ぎを終えたらすぐに後を追う。デミトリ殿の言う通り、諸々決着が着いていないのが気掛かりだ……警戒を怠るなよ? 殿下の事は任せた」
「……はい!」
若干足後もつれながら治癒術士の後を追い、屋敷前の馬車乗り場に到着するとメリシアで良く見た荷馬車が停まっていた。
王国軍の兵士に囲まれ尋常じゃないほど汗をかきながら真っ青になっている御者に面食らっていると、馬車の前で待機していた兵士に急げと言わんばかりに手招きされたのでカルロスと共に馬車の荷台に乗り込んだ。