「しかし……」
「判断は殿下に任せるが、呪いが発動してから治癒を続けているのにも関わらずアルケイド公爵令嬢の体力は減って行くばかりだ。専門家ではないが……他に手が無いなら早めに試した方が良い。俺も出来る限りアルケイド公爵令嬢の受ける被害を最小限に抑える努力をする」
「僭越ながら……一治癒術士として、私も同意見です」
「我々の治療では解呪は疎か……このまま、容体が悪化していく場合延命措置で精一杯です」
「アルケイド……公爵令嬢の体力が残っている、内に、試される事を進言致します……!」
公爵邸に到着してから今までの間、絶えずに治療を続けていた治癒術士達の進言に殿下が揺れる。グローリアの手を握りながら殿下が逡巡した後、決意の満ちた視線でこちらの双方を捉えた。
「……頼む、グローリアを助けてくれ」
「了解した」
揺れる馬車の中で転倒しない様に細心の注意を払いながらなんとか殿下の横に移動する。
――まだ魔力は回復しきっていない……呪力で補うしかないな……
グローリアの右肩から生えている呪詛の矢に触れない様に気を付けながら、掌の上で小さな水球を出現させる。矢筈に水球を触れさせ、矢に異変が起きていない事を確認した。
――ほぼほぼ呪力で魔力を補っていたから心配だったが、妙な反応が起こらなくて良かった……
呪力を含んだ魔法が触れた段階で呪詛の矢に異変が起こるのではないかと心配していたが問題なさそうだ。安堵しながら水球の形を変化させ、矢柄を伝ってグローリアの肩に突き刺さった鏃の先まで水魔法で覆う。
――魔法に含まれる呪力に反応しなかったと言う事は、ラスの鎧越しに呪詛の矢に触れても反応しない可能性がある……成功するかは一か八かだが……俺も痛い目を見るから上手く行かなくても恨まないでくれ。
心の中でグローリアに語り掛けながら鎧を解除して息を整える。殿下達が見守る中、魔法の制御に全神経を注ぎながら矢柄を素手で掴んだ。
ガシャン
「くっ!」
矢を掴んだ瞬間に凍らせた水魔法の膜が、内部で破裂した矢の圧力で蜘蛛の巣状の罅に覆われた。幸いにも矢の破片は氷を突き抜けなかったが、矢柄を掴んだ左手は悲惨な状態になっているに違いない。
「回復魔法の通りが良くなりました……!!」
「矢を引き抜くから一気に治療してくれ!」
呪詛の矢の残骸がグローリアの体に残らないよう、氷魔法の維持に集中しながら矢をグローリアの肩から取り除いた。露になった傷口から血が溢れるが、四人の治癒術士達が一斉に回復魔法を掛けた事で見る見るうちに傷が塞がって行った。
――なんとかなったのか……?
「デミトリ殿、大丈夫ですか!?」
矢を掴んだままの左手から血が流れているのに気づいたカルロスが心配そうにこちらを見ている。魔法を解除しながら左手を開くと、融けた水と共に元は呪詛の矢だった木屑が荷台の床に流れ落ちた。
開いたままの左手の指と掌は、無数の木の破片が突き刺さっている。
「……後で治療すれば問題ない、それよりもアルケイド公爵令嬢は――」
「脈も呼吸も安定しています!!」
「グローリア……本当に良かった……!」
端から見てもグローリアの顔の血色が大分良くなっているのが分かる。呪詛の矢が必ずしも隷属の首輪と同じく無効化されるとは限らなかったので、失敗しないか気が気じゃなかったが申し出て良かった。
「うーん……」
「グローリア……?」
屋形の中で緊張が走る。うつぶせの状態から顔を上げ、グローリアが殿下と視線を合わせる。
「アルフォンソ……様……?」
「グローリア!!」
途轍もない力でアルフォンソ殿下がグローリアを抱きかかえてしまった。上半身を殿下に預けつつ、まだ意識が朦朧としているグローリアがぽつぽつと話始める。
「意識を取り戻したってことは……もうお別れなんだね……」
グローリアの独白を聞き、殿下がぎょっとしている。グローリアはまるで生きることを諦めているかのような儚い表情で殿下に微笑みかけた。
「アルフォンソ様……ごめんなさい……私、嘘を付いてたの」
「グローリア??」
「私が意識を取り戻したってことは、ラベリーニ枢機卿と取引をしたんだよね? あいつは嘘を付いてるから、私の呪いは解けてないの……」
――ラベリーニ枢機卿??
「デミトリも……ごめんね? 本当は家族にはなってあげられないの――」
――家族の件は最初から願い下げだが……
さも俺が渇望していたかのように言い切られたのは面白くはなかったが、皆グローリアの言葉に耳を傾けていたので言葉を飲み込んだ。
「――でもこれから素敵な人と巡り合って家族になれるから安心してね……? メリバって嫌いなんだけどな……もっと、もっと殿下と一緒に居たかった……!」
「一体、何を――」
両眼に大粒の涙を溜めながら、必死に嗚咽を抑えグローリアが独白を続ける。
「破滅ルートに入った状態で記憶を取り戻してからは、メリーバッドエンドでもいいからアルフォンソ殿下さえ幸せになってくれれば良いと思ってた!」
グローリアが急にアルフォンソ殿下に身を寄せ、彼の胸に顔を埋めながら泣き叫んだ。
「アルフォンソ様。信じてもらえないかもしれないけど私は物語の登場人物としてじゃなくて……ちゃんとこの世界で私として生きて、私の意思であなたを愛してました……!! 最後まで物語のグローリアを演じきれなかった弱い私を許してください……これから私なんか忘れちゃう位―― 素敵な、人に出会うから……!!」