「勝手な事を言うな! 俺はグローリア以外と――」
「盛り上がっている所悪いが、俺は今何本指をあげている?」
二人の世界に入りかけていたグローリアとアルフォンソ殿下の間に強引に割って入り、グローリアの顔の前に指を二本上げた状態の手を差し出した。
「え……? 二本?」
「肩の傷は完全に癒えている様に見えるが、実際の所はどうなんだ?」
「傷は完全に塞がっています。先程報告した通り脈も正常ですし呼吸も安定しています。出血量が多かったので、しばらく安静にして頂く必要がありますが命に別状はありません」
「え、誰!? どういう――」
「アルケイド公爵令嬢」
状況を飲み込めておらず困惑を隠せないグローリアと視線を合わせる。
「貴方が何を言っているのか良く分からないがラベリーニ枢機卿と交渉などしていないし、今は茶会から王城に向かう最中だ。メリーバッドエンドとやらが何なのか知らないが、物語の結末に納得がいかないなら阻止するために協力してくれ」
「嘘!? 呪詛の矢は……なんでこんなに人が―― 馬車!?」
告げられた事実を信じられない様子で周囲を見渡したグローリアが、ようやく自分が死の淵に立っている訳ではない事に気付いた。飛び上がってしまいそうな勢いで上半身が跳ねたグローリアを、アルフォンソ殿下が抱きかかえた腕の中に納める。
「別れを告げるのは殿下の寝室のはずじゃ――」
「殿下……」
「グローリア、すまないがデミトリの話を聞いてくれないか?」
「……分かりましーー え? あれ全部聞かれてたの……?」
告げられた事実の衝撃で意識が覚醒したグローリアが、顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
―—先程の告白は、俺に対する発言はおまけ程度で肝心の所は殿下以外に聞かせるつもりなどなかったみたいだな……
「心中察するが……気を確かに持ってくれ。嘘を付いていたと言っていたがどういう事なのか説明してくれないか?」
「グローリア、頼む」
過呼吸になっていたグローリアが殿下の声を聞き、何度か深呼吸を繰り返してからようやく重い口を開いてくれた。
「……物語通りに進んだら開戦派の件が解決するのは事実です。ただ……私はどう足掻いても助からない、それが決定された未来でした。事実をそのまま伝えてしまったら、アルフォンソ様が未来を変えようとすると思い部分的に内容を秘匿していました……」
「協力して未来を変える事も出来たんじゃないのか?」
「説明するのが難しいのですが……数ある未来の分岐の全てで、私を救おうとした場合殿下が代わりに命を落としてしまうのです」
堪え切れず、下唇を噛みながらグローリアが涙を流す。
「それだけは絶対にダメ……! 私も死にたくないけど……殿下が犠牲になるのはもっと嫌だったから・・・・・!」
「……だから嘘を交えて、自分が犠牲になってでも殿下が救われる結末に導こうとしていたのか?」
「はい……」
殿下の胸に身を預けながらグローリアが小さく頷くとアルフォンソ殿下が力を込めてグローリアを抱きしめた。
「グローリア……!」
――殿下はここ数分、ほぼグローリアしか言っていないんじゃないか?
「……状況を説明するが、アルケイド公爵令嬢の受けた呪詛の矢はもう取り除いた――」
「え、じゃあ私死なないの!?」
俺と殿下だけでなく、馬車の荷台に居る全員から視線を向けられているのに気づいたのかグローリアが慌てた様子で口を噤む。
「……不躾な質問で申し訳ないが……アルケイド公爵令嬢は独り言が些か激しくはないか?」
「わざとじゃ―― 転生した記憶を取り戻してから、急に独り言を話すようになってしまいました。加護を授かる代償と転生時に伝えられたのですが……自分では頭の中で考えているだけのつもりで、自覚がありません……」
――自覚がないだと……!? 加護の代償と言う事は神呪の様なものなのか?
代償とやらは呪詛の矢が効いていたため呪いの類ではなさそうだが今ある情報だけでは全容が掴めない。
「グローリアは不本意かもしれないが私は好ましいぞ……『こいつゲームの時はそんなだったけど、実物はめちゃくちゃいい子じゃん! 好きになっちゃうぜ』と言われた事を……今も大切な思い出として覚えてる」
「ア、アルフォンソ様……! どうせ覚えられるならもっと詩的な台詞だったら良かったのに……! よりにもよってオタク丸出しの思考を覚えられてるとか無理、死ぬ……でも覚えてくれてありがとう……! そういう所も好き!」
――後半は恐らく独り言だろうな……それにしても第一王子に『こいつ』呼ばわりとは、いくら公爵家の令嬢とは言え良く許されたな……
思考が一瞬加護と代償の内容に引っ張られそうになったが人目に構わず惚気る二人のせいで完全に脱線してしまった。
グローリア達から視線を外すと、カルロス達が微妙な表情で殿下達を見守っている。以前グローリア関連で暴走する殿下に護衛達が振り回されていないか心配したが、予想は遠からず当たっていたようだ。
――独り言と代償の件は置いておいて……グローリアが身を挺して殿下を守った所で、仮に連座を免れても婚約者で居続けられるわけがないと思っていたが……未来予知について不可解だった点が色々と腑に落ちたな。
「……最初から死ぬつもりだったんだな」