「……それしか私には殿下を救う方法がありませんでした。本当に物語通り進むか不安だったし、お茶会でデミトリと言い合いになった時とかすごい緊張したんだけどね?」
――茶会で給仕が毒を盛るのを止めた時か……あの時グローリアは目の奥で笑っていた様に見えていたんだが、第一印象に引きずられ過ぎていたのかもしれないな。
第一印象が最悪だった事と過去邂逅した異世界人達のせいで、グローリアの事を先入観と言う色眼鏡で見ていた事を少しだけ反省する。
「アルケイド公爵令嬢――」
「あの、グローリアで構いませんよ? 自分で言うのもなんだけど長いし……家の事はあまり好きじゃないし」
グローリアからは見えないが、彼女を抱きかかえている殿下が頭上で小刻みに頭を横に振っている。
「……グローリア様、今後の開戦派の動きを教えて欲しい。対策すれば物語の結末も変えられるはずだ」
「ですが……」
「グローリア、物語の中で君は命を落としていたかもしれないが……現に呪いを解いて君を救えた! 決められた物語の未来ではなく、一緒に二人の未来を掴み取ろう!」
「アルフォンソ様……!! 本当に、私は諦めなくていいのですか……?」
「当たり前だ!」
「くぅ~かっこいい!」
――本当に独り言が激しいな……
グローリアと短い間しか関わっていないのにここまで疲弊するとは想像すらできなかった。
照れ隠しのつもりかグローリアからそっぽを向いてしまった殿下の事を感情を捨て去った表情で見守る護衛達の様子から、彼らが常日頃耐えていた苦行に頭が上がらない気持ちで一杯になる。
治癒術士達に至っては……なぜか額に青筋を浮かべながら激怒している。
「激務続きで我々には出会いが無いのに……!!」
――聞かなかった事にしよう……
対面に座っていた青髪の治癒術士の嘆きに注目が集まる前に、話を本筋に戻す事にした。
「……そろそろ王城に着く。事前に共有するべきことがあるなら早めに教えて欲しいんだが――」
「えっと……とりあえず大丈夫! 物語では襲撃者の足取りを掴めなくて今日は王城で一晩過ごすことになるの。明日の明朝、私が死に掛けている所にセルセロ公爵が取引を持ち掛けに来てそこから物語が佳境に向かうから――」
「本格的に敵が動き出すのは明日以降か。であれば逆に今日中に攻勢に出た方が――」
「それはだめだ」
「殿下?」
グローリアの為ならすぐにでも敵を攻め滅ぼそうと言いかねないと思っていただけに、殿下の力強い否定が不思議でならない。
「デミトリの考えは理解できる。物語通りに進む前に敵を叩こうとするのは至極真っ当な考えだが、時期尚早に攻め入ってしまえば未来が変わって情報有利を手放すことになる。幸いな事にグローリアの呪いは解かれていて最悪の未来は免れてる上、恐らく敵は解呪に気付いてない」
「……状況が変わっているのに、敵は予言された未来通りに動く可能性が高いと言う事か」
――先手必勝で敵を潰す事ばかりに気が取られていたが……殿下の方が冷静に状況を分析出来ているかもしれないな。
先程までグローリアの一挙手一投足に首ったけだったとは思えない、殿下の鋭い指摘に思わず感心する。
「相手の出方が分かっていれば如何様にでも対策出来る。最善の道はグローリアの解呪を隠し通しつつ、明日に向けて万全の準備を整える事だ。私達がするべきなのは、この勝ち戦をより確実なものにする事だ」
「失礼を承知で言うが……グローリア様が無意識に独り言で言った情報が開戦派に筒抜けだった場合はどうする? 敵が未来予知を逆手に取ってしまう可能性はないのか?」
「えっと、それは……大丈夫です……」
消え入るような声でそう発言したグローリアが、殿下の腕の中で羞恥からか再び真っ赤に染まった。
――どういうことだ……?
「わ、私の加護の代償は……思い人の前で独り言を話しやすくなってしまう事なのです」
「……そうだとしても情報が漏洩してないと言い切れるのか? 疑う様ですまない……殿下から自身の死の未来について隠し通せていたと言う事は、ある程度独り言で話してしまう内容にも制限があるだろうと察してはいるんだが……」
――ヴァネッサの加護のように、『都合よく』独り言の内容を取捨選択しているならあり得なくもないと考えている。
「私も良く分からないのですが、本当に隠したい秘め事は口に出さないらしい……です……」
グローリアの歯切れが悪いが、自覚が無ければ何を言葉として発しているのか知り様がないのでそうなってしまうのも納得できる。
「転生した時、『ずっと思考を読まれてるのは嫌でしょ? でも私も見守ってる時君が何考えてるのか気になるからいい感じにしとく!』とだけ、言われて……」
――……グローリアはアルフォンソ殿下を救うために命を懸けて行動していた……それを『見守り』ながら何を考えているのか把握したいから独り言を言わせるだと……? ふざけるなよ……人の生き様は見世物なんかじゃない……!
瞬時に膨れ上がった呪力が、暴力的な魔力の渦となり馬車の中に放たれる。
「「デミトリ『殿』!!」」
「殿下!? ご無事ですか!!??」
「問題ない、隊列に戻れ!!」
馬車の外で並走していた護衛騎士からの声掛けに殿下が対応している隙に、神々の勝手な行いに対する怒りを何とか制御し乱れた魔力を鎮めた。
急な出来事にグローリアと治癒術士達が目を皿にしながら硬直している。
「すまない……色々と思うところがあって取り乱してしまった。大変だったんだな、グローリア様……」
「デミトリ……」
――グローリアが死ぬのを知っていて『見守って』いたなら……許せないな。
グローリアの境遇を自分と重ねてしまい、激しい怒りが再び燃え上がる機会を伺うように胸の奥で燻っている。神々の勝手を見過ごす位ならこの手で奴らの思惑を捻じ曲げてしまいたいという思考が加速していく。
「……根掘り葉掘り聞いて悪かった。俺も殿下の案に賛成だ」