「でも……」
「心配するな。絶対にグローリアを守って見せる」
「アルフォンソ様……! 前世で推してなかった自分を引っぱたきたい! かっこいいし頼りになる――」
――……知らない方が幸せかもしれないな……
殿下の表情を見て頬が引きつる。
アルフォンソ殿下の胸に顔を埋めながら殿下を褒めそやしているグローリアからは見えないが、殿下は自分とグローリアの未来を阻む障害を破壊しつくすと考えていそうな獰猛な笑みを浮かべていた。
グローリアが自分の為にその身を犠牲にしようとしていた事が引き金になったのか分からないが、今の殿下は決して逆らってはいけないと思わせるような圧を纏っている。
――流石王族と言うか……味方でよかったな。
「一応確認だが……デミトリは協力してくれるのか?」
内心引いていたのを顔に出さない様取り繕いながら、急にこちらに問いかけて来た殿下に応える。
「……殿下は俺の提示した条件を呑んでくれた。交換条件として協力すると言った以上、ここで投げ出すつもりはない」
「元々は今日の茶会ですべてが片付くつもりで私も協力して貰ってた……十二分に義理は果たしたと言えるぞ?」
――自分で言い出しておきながら何故そんな捨てられた子犬の様な目が出来るんだ……わざとやっているのか?
「そうだよね、心配だよね? つんけんしてるけどアルフォンソ様ほんとは寂しがり屋だもんね――」
グローリアの独り言に、アルフォンソ殿下の耳が真っ赤に染まった。殿下の沽券に関わるので聞かなかった振りをして話を続ける。
「……正直に言うと事と次第によってはヴァネッサと一緒に逃げた方が良いかもしれないとも考えていた。だが、一番の懸念事項だったグローリア様が味方なのが分かったのが大きい」
――何より、神々の思惑通りに事が進んでグローリアが死ぬのを個人的に許せない……
「――殿下かわいい……って私が!? どうして!?」
「未来予知の内容を部分的にしか開示しない上、初対面で婚約者がいるのにも関わらず急に家族になろうと言ってくる公爵家の令嬢を信じられるわけないだろう……誰にも必要とされてないと勝手に決めつけられた時は不快を通り越して悍ましかったぞ?」
「それは―― ごめんなさい……物語だと――」
指摘されて改めて自分が言った事を再認識したのか、グローリアが殿下の腕の中で青ざめる。
「弁解しなくても大丈夫だ……先程の説明でグローリア様が命を賭して殿下が救われる未来に俺達を誘導しようとしていたのは理解した。大方俺に言っていた家族の件も、物語では俺と友好関係を築く上で重要な話題だったんだろう?」
「はい……」
「呪詛の矢を破壊できた時点で―― いや、正確にはそれ以前から色々とグローリア様の知っている物語とずれが生じている……必ずしも物語通りとは限らない事だけ理解してくれ」
発言の途中から自然と殿下の目を見て発言していた。未来予知は確かに貴重な能力だが、既に物語の内容から現実が反れている以上過信するのは危険だ。俺の意図が伝わったのか、殿下がこちらに目配せをした。
「ま、間もなく王城に到着致します!!」
御者台の方からそう叫ぶ声が聞こえた後、馬車が徐々に減速し始めた。荷台の外を見るといつの間にか城壁の掘りを超えた辺りまで辿り着いていた。
「グローリアは念のため伏せていてくれ。念のため確認するが物語で私とデミトリは無傷で茶会から帰還していたか?」
「デミトリは公爵家の兵士長との戦いで負傷していたはず……」
「……傷は負っていないが魔力枯渇で倒れたのは見られている。デミトリ、念のため気を失った振りをしてくれ」
「え!? ああ、分かった」
急な指示にどうすればいいのか一瞬迷ったが、取り敢えず目を閉じて座ったまま馬車の屋形の壁に背を預け脱力した。
――――――――
「デミトリ殿、もっとこう……! 自然と脱力して下さい!」
「矛盾していないか……?」
「なんで足だけピンとしているんだ!!」
荷馬車が王城に到着しグローリアが殿下の寝室に搬送された後、俺は荷馬から降ろされてカルロスとヘクターに担がれながら迎賓館に向かっている。
どの道あの茶会に参加していた招待客達には魔力が枯渇したものの俺が無傷だったことはバレている。開戦派に所属する貴族家にその情報が流れるのは時間の問題なので下手な芝居を打つ必要はないのではないかと抗議したが念には念をいれるべきとの事だったので渋々了承した。
その結果、担がれた経験が無いのでカルロスとヘクターから無茶な注文を聞きながら運ばれる羽目になってしまった。
「デミトリ!?」
迎賓館まで目と鼻の先、丁度庭園を通りすぎた所でヴァネッサの声が聞こえた。声が聞こえた方向に視線を移すと、いつの間にかヴァネッサが真横に居た。
――声の大きさからしてかなり距離があったはずだ……魔力制御を終えて戦闘訓練に入ったと言っていたが身体強化の精度がおかしくないか……!?
ヴァネッサの登場に面食らっていたのは自分だけではない様だ。突如として現れた彼女に驚いた二人が俺を落としかけたが、すんでのところで持ち堪えた。
「カルロスさん、何があったんですか!?」
「ヴァネッサ嬢。逸る気持ちもわかりますが、デミトリ殿のためにも一旦迎賓館の中に入りましょう」
「……分かりました」
心配そうに時折振り返りながら進むヴァネッサに先導される形で迎賓館までたどり着き、玄関を跨いだ所でようやくカルロス達から解放された。