「……それはどうだろう。まずはグローリア様の知っている未来を共有してもらうべきじゃないか? 恐らくだが物語の中のグローリアも転生者ではなかったんだろう? これだけ物語との乖離があるんだ……これから訪れるはずの未来が既に訪れようがないほど現状が変わっている可能性もある」
希望的観測ではあるが、無理やりにでもそう信じなければいけない。本当に物語を変えられないのであればこの会合自体意味がない物になる。
「……そうだな」
――半信半疑、といった所か……?
「私も転生者です」
「「な!?」」
ヴァネッサの急な告白にヴィーダ王とアルフォンソ殿下だけでなく、周囲の護衛達も驚愕しているのが伝わってくる。
「私とデミトリが元々いた世界では、グローリア様と同じ境遇の転生者が物語を変えられるのはよくある事でした」
「それは誠か!?」
「信じ難いかもしれないが、俺達の暮らしていた異世界では転生者が転生先で物語を変える……冒険譚のような書物があった。ヴァネッサの言っている事は本当だ」
流石のヴィーダ王もまさかヴァネッサまでもが転生者だったとは思っていなかった様だ。先程までの疑念が大分晴れたのか、少し覇気が復活したように見える。
「……言って良かったのか?」
「……私とデミトリは一心同体なんだからデミトリがばれた時点であまり隠す理由がないよ。あのままだと話が進まなそうだったし……」
――できればヴァネッサだけでも転生者なのを隠しておきたかったんだが、正直助かった。
「ヴァネッサさんも転生者だったの!?」
「グローリア様、気になるのは分かるがまずは物語で明日以降何が起こるのか教えてくれないか?」
「取り乱してしまってすみません……解呪士が見つからず私の容体が悪化の一途をたどる中、明日の明朝セルセロ侯爵が貴族としてではなく光神教の使者として王城を訪れます。私の解呪と引き換えに、アルフォンソ様と取引がしたいと」
――教会の使者として……か。王国に対する離反を示すためか?
未来が変えられそうだと考えが変わり和らいでいたヴィーダ王の表情が一気に険しくなったが、一先ずは感情を飲み込んで聞きに徹する姿勢のようで安心する。
「セルセロ侯爵は殿下とデミトリの二人だけでルッツ聖堂に赴けば、ラベリーニ枢機卿が私の呪いを解呪すると告げます」
「俺が殿下と一緒に呼ばれる意味が分からないが……解呪の件は嘘なんだな?」
「はい……私が解呪されると信じてルッツ聖堂を訪れた殿下とデミトリは、枢機卿の護衛騎士と聖騎士団の異能部隊と戦い敗北します……」
俺が殿下と一緒に呼ばれている事と護衛や兵を連れずに聖堂に向かってしまうのは理解できないが、そこはグローリアの言っていたゲームの都合なのだろうか?
「先程言っていた『負けイベント』か?」
「はい。物語では敗北し追い詰められたアルフォンソ様とデミトリが否応なくラベリーニ枢機卿と契約を結ばされます」
「契約……?」
「私の体が呪いで朽ちない事を条件に、ラベリーニ枢機卿に絶対服従を約束する隷属契約です」
隷属魔法と聞き呪力が蠢く。
――この国の悪人は隷属魔法を相手に掛けないと気が済まない性分なのか?
「……契約を結んだのに、グローリア様は助からないのか?」
「契約は文字通り呪いで体が朽ちないだけで、命の灯は潰えます。腐敗せず、綺麗なまま死体が保存されると言えば分かりやすいでしょうか……」
――なんだそれは……
俺だけでなくヴィーダ王とアルフォンソ殿下の魔力が揺らぎ空気が重くなる。
――屁理屈にも程がある……
「命を賭してまでそうなる未来を選んだと言う事は――」
「ラベリーニ枢機卿と契約を結んだ後、私の解呪を確認するため殿下とデミトリは王城に帰還します。お二人の話を聞き、自分の呪いが解けていない事……ラベリーニ枢機卿の欺瞞に気付いた私は契約を反故にするためにこの身を火の魔法で焼くのです。体さえ朽ちてしまえば契約は無効になると信じて……」
パリン
物語でグローリアが迎えた最期を聞いた辺りで王族の親子が中指に嵌めていた指輪が破裂した。突然の出来事に驚き俺自身の魔力の揺らぎは幾分か収まったが、指輪を失った二人の魔力の揺らぎが勢いを増していく。
「ヴィーダ王! アルフォンソ殿下! 二人の魔力が暴走してグローリア様が傷付いたら元も子もないぞ!!」
「「!?」」
俺の一声で我に返ったのか、徐々に二人の魔力が落ち着いて行く。
――王族がこれほど取り乱すなら、呪詛の矢でグローリアを射抜いたのは偶然ではなかったのかもしれないな。むしろ、彼女を呪うために仕組まれた物にすら思えてくる……
「……すまない、もう大丈夫だ」
「グローリア様、続けてくれ」
「枢機卿は殿下を傀儡にしてヴィーダ王国を光神教が支配する聖国にするつもりでした。開戦派と協力体制を結んだのも、命神を崇拝するガナディア王国への侵略戦争が光神教の布教に都合が良かったからです……」
「勝手な事を……!」
枢機卿の狂信のためにどれだけの命が失われるのかを想像すると、ヴィーダ王が怒りを抑えきれずそう呟いた気持ちも分かる。
「隷属魔法が解けラベリーニ枢機卿の支配から逃れた殿下が兵を率いて教会に攻め入り、開戦派を打倒した所で物語は終わります。私の死を無駄にしないために、ヴィーダ王国をその後立派に導いたという――」
「グローリア、それ以上言わなくても良い。訪れもしない未来に興味はない」