「――グローリア嬢を救いたければルッツ聖堂に来るがいい、そこの悪魔を連れて二人きりでな!!」
「くっ……!」
考え事をしている間に、いつの間にかセルセロ侯爵の訪問イベントが完了していた。悔しそうに俯きながら握りこぶしを震わせていた殿下が、セルセロ侯爵が閉じた扉の音を聞いてからゆっくりと顔を上げた。
「……酷い顔だな」
「あそこまで無礼を働かれたのは生まれて初めてだ」
満面の笑みでそう言ったアルフォンソ殿下が分かりやすくキレている裏で、護衛達は対照的に鬼の形相を浮かべている。主がここまで好き放題言われた経験など彼等も今までなかったのだろう。
「……失礼な口調なら俺である程度慣れているだろう?」
「下手な慰めはよせ、俺の事を呼び捨てにした事などないしお前は口調が荒くても礼節を弁えてるだろ!」
「グローリア様から事前にある程度聞いていたとは言え……セルセロ侯爵があそこまで愚かだったとは」
「イヴァン先輩……!」
イヴァンも相当腹が立ったのだろう。普段なら許可なく発言をするなと注意されている側のカルロスが、思わず毒を吐いたイヴァンの背中をさすりながら宥めようとしている。
「……今日で開戦派問題に片が付くんだ、後少しだけ辛抱してくれ」
「分かってる……よし!」
「殿下!!」
セルセロ侯爵が訪れる前に俺がやったように、アルフォンソ殿下が両手で頬を叩いた。
「もう大丈夫だ。デミトリ、早速で申し訳ないがカルロスとデビッドとポールと一緒に馬車乗り場に向かってくれないか? イヴァンとマーシャとヘクターは私と来てくれ、例の物を取ってくる」
「了解した」
――――――――
日の出を迎え道路を行き交う馬車と歩道を歩く王都民が増え始めた頃、閑静な高級住宅街の一画で異様な存在感を放つ大聖堂に到着した。
石灰岩らしき建材で作られた聖堂とその周囲を囲む手入れの行き届いた芝は、まるで周囲の貴族達の邸宅を押し退けて建てられたのではないかと錯覚させるほど広大な敷地を有している。
俺と殿下を乗せた馬車がルッツ大聖堂前に泊まり降車すると、してやったりと今にでも言い出しそうな憎らしい表情を浮かべたセルセロ侯爵が大聖堂の扉へと向かう灰色の階段の上で待っていた。
「思ったよりも早かったな。約束通り来たのは殿下とその畜生だけだな?」
「お前の目には他に誰か映ってるのか?」
「ククク、まだ反抗的なのは頂けないが良いだろう。ついて来い」
先に進んで行ったセルセロ侯爵を追い、殿下と共に階段を上り始めた。応接室での一件から時間が経ち冷静さを取り戻していたはずの殿下が、なぜだか不機嫌そうに言葉を溢す。
「あの野郎……」
「殿下、落ち着いてくれ――」
「悪魔だの畜生だの、デミトリの事を一体なんだと思ってるんだ……!」
てっきり自分に対する無礼に怒っているのだと思っていたため、なんと言っていいのか分からず言葉が続かない。
「王族の私が言うべきではないかもしれないが私は熱心な光神教徒ではない。それでもあいつらよりは余程立派な教徒らしい。光神教の教えに他国や異教の人間を侮蔑するような経典がないのを知ってるからな……!」
「殿下……気持ちは嬉しいが、俺は畜生に畜生と呼ばれた所で何とも思わないから気にしないでくれ」
「ふっ……そうか」
長い階段を上り切り、扉の前で待っていたセルセロ侯爵の元に到着した。開放された扉の奥に見える前廊の中には見覚えのある白銀の鎧を身に纏った八人の聖騎士達が四人ずつに分かれて内扉の両脇に整列している。
――彼らが異能を持たない聖騎士達だろうか……?
光神教聖騎士団の団員たちの素性が明らかではない事もヴィーダ王が教会の強襲に躊躇した理由の内の一つだった。物語通りであれば異能部隊員達は内陣でラベリーニ枢機卿を守っているはずだが色々と未来が変わってしまっている。
物語の筋書から反れて異能部隊員達を取り逃してしまったら後々脅威になる可能性が高いため、アルフォンソ殿下の身を危険に晒してまで物語に忠実な行動を取る事になったのだ。
――『お前ならアルを守れるだろう』と期待されたが、責任重大だな……
アルフォンソ殿下はグローリアの為、ひいては国の為にその身を犠牲にする覚悟を持っているが万が一彼の身に何かがあったら護衛を任された俺もただでは済まないだろう。
「セルセロ大司祭様、こちらへ」
――大司祭か……
アルフォンソ殿下も同じことを考えていたのか鼻で笑った。一瞬セルセロ侯爵の体が硬直したが、すぐに聖騎士の開いた扉の先へと歩いて行った。
――ヴィーダ王国を光神教会が乗っ取り、聖国になった後の地位を約束されて鞍替えしたのだろうが……哀れなものだな。
セルセロ侯爵の後に続き外陣に踏み入れると、荘厳な大聖堂には似つかわしくない異物が内陣に待ち構えているのが見えた。
自身の生い立ちの関係から全く信仰心を持っていないが、簡素な石造りの祭壇の裏に立つ豪奢な装飾の施された黒いローブに身を包んだ男が神聖な空間を汚しているように思えてならない。
「ラベリーニ枢機卿がお待ちだ! さっさと付いて来い!」