「デミトリ、あの鎧は使えないのか!?」
「無理そうだ……!」
再び切りかかって来たカズマの斬撃を反転した視界の中何とか受け止め殿下の呼びかけに応える。
負傷した左肩をどうにかしたいが、今は使い物にならなくなってしまった左腕を庇いながら攻撃を凌ぐので精一杯だ。それこそ右手に握った剣を捨てでもしない限り収納鞄からポーションを取り出せそうにない。
「愚かだな……神々に授けられた仮初の力に縋る咎人よ、抗わずに光神の審判を受け入れたらどうだ?」
「くっ……! お前もその仮初の力とやらを使っているだろう!」
反転した視界の中カズマの剣をぎりぎりで受け止めながら、ニヤニヤとこちらを観察するガブリエルに言葉で噛みつくが威勢を張っているに過ぎないのを分かりきっているガブリエルはどこ吹く風だ。
ラスの鎧が使えない事と死霊を生み出せないという想定外の事態により、事前に組み立てていた異能対策の多くが崩れ焦りを隠せない。
――グローリアからは「加護を封じる異能」としか聞いていなかったが……神器も含まれている可能性まで頭が回らなかった……!
「くどいぞ!」
「ちっ、目が……!」
背後で強烈な閃光が発生し、それまで聞こえてきていた剣戟の音が止む。
殿下が光の魔法で目くらましを発動したのだと理解して目を閉じたカズマに切りかかろうと距離を詰めようとしたが、行く手を絨毯を突き破って発生した土の棘に遮られてしまった。
――ただでさえカズマの異能のせいで苦戦を強いられているのに、セイジの放つ毒液とガブリエルによる土魔法の援護のせいで攻勢に回れない……!
「……そろそろ諦めては如何でしょうか? どれだけ足掻こうと意味はありません……今頃開戦派の貴族達が兵を率いて王城が陥落している頃合い――」
「何だと――」
「殿下! あいつの戯言に耳を貸すな!!」
肩越しに殿下の声が聞こえてくるや否や急いで枢機卿を無視するように助言する。
「王を―― グローリアを信じろ!」
「……ああ!!」
慌てて言い直したが、殿下の声色の変化から正解を引いた様で安心する。
わざわざ二人きりでルッツ大聖堂に赴いたのは時間稼ぎの意味合いが大きい。俺と殿下が大聖堂に向けて発ったのとほぼ同時に、グローリアから聞いた物語の知識を頼りにヴィーダ王国軍と王家の影達による開戦派戦力の殲滅作戦が決行されているはずだ。
枢機卿が隷属魔法を施す為に精神を屈服させる必要があると言っていたため少しでも気が緩むのは避けたい。
今の俺とアルフォンソ殿下に出来るのは、開戦派をヴィーダ王達がどうにかしてくれると信じてこの場を乗り切る事だけだ。
「枢機卿の言葉を遮るとは……!」
「……不愉快ですね。カズマ、もっとしっかりと痛めつけてあげなさい」
「分かっ―― うぐっ!? っはぁ……はぁ……!」
攻撃を食らっていないのにも関わらず、俺と同じ位か俺以上にカズマは肩で息をしながら大粒の汗を絨毯に垂らしている。
彼の剣を持つ手が震え、戦闘開始直後と比べて動きが鈍ったおかげで異能の脅威に晒されながらも追撃を防げていると言っても過言ではない。
――寿命を失いどれほど肉体が衰えたのか分からないが、あの状態で鎧を着こんで戦うのは流石に無理があるだろう……
以前よりも数段衰えているのにも関わらず、果敢に攻め入ってくるカズマの姿には鬼気迫るものを感じる。何が彼を突き動かしているのか分からないが、負傷した今侮れる相手ではない。
「すー……はぁああああ!!!!」
大きく息を吸ったカズマが、剣を掲げながら突進して来る。その姿はあの日ギルドの会議室で襲って来た男とは似ても似つかない圧がある。
カズマの異能を警戒して、深呼吸をしながら彼の握った剣の切っ先を目で追い意識を集中させる。
――今までの傾向から―― 今だ!!
カズマが剣を振り下ろす直前。今まで何度も異能で視界が切り替わったタイミングに合わせて思考を切り替えたのが仇になった。
突如として動きが止まったカズマと切り替わらない視点に困惑している隙に、カズマの体に隠された死角から突如として現れた土槍に脇腹が貫かれる。
「ぐっ!?」
「デミトリ!?」
「……大丈夫、だ」
土槍に貫かれた勢いで倒れそうになったが何とか踏み止まり、ヴィセンテの剣を取りこぼした右手で脇腹を押さえる。どくどくと暖かい血が右手を伝い、眩暈と共に意識が朦朧とする。
「はぁ……はぁ……!」
老体に鞭を打って動いていたが限界だったのだろう。突進の途中で動きを止めたカズマも、握っていた剣を杖にしながらその場で膝をついた。
「……そろそろいいでしょう? 治療をしないと死にますよ?」
「黙れっ! カズマ……! お前は……これでいいのか!?」
「……!」
またもや軽くあしらわれ憎悪に満ちた眼差しでこちらを見る枢機卿を無視して、俯いたまま荒い息を繰り返していたカズマに問いかけると彼と視線が合った。
「待っているのは……セイジと同じ結末だぞ……!」
「俺は……リアとアレクシアを守るためには、こうするしか……!」
――リアとアレクシア……?
「カズマ、私語を慎め!」
「……良いではないですか、ガブリエル。彼もそろそろ用済みです……短い間でしたが私に忠実で敬虔な光神教徒でした。人としての辞世の句を残す機会位与えてあげても良いでしょう」
セイジを蘇らせた時と同質の禍々しい魔力の揺らぎを発しながら、枢機卿が再び聖杯を弄ぶ。
――セイジと同じ屍人にするつもりなのか……!? それよりも――
「色々と……俺なんかに謝られても意味がないと思うけど本当にごめんな、デミトリ……」
「カズマ……?」
「はぁ、はぁ……セルセロって奴を始末したみたいに、枢機卿の言う事を聞いても俺との約束を守ってくれるはずがないのは分かってる……でもこれしか方法が――」
「……心外ですね?」
カズマの吐露に反応したラベリーニ枢機卿が、発言とは裏腹に邪悪な笑みを浮かべながらカズマを見る。
「……ちゃんと私に従っている間はあなたの仲間に手を出すつもりはありませんよ? 死んでしまった後の事は……お約束できかねますが」