「……本当にあれで大丈夫なのか?」
「そこはニルが手配した毒次第だが……大丈夫だろう。貴族の暗殺に過去使われていた、服毒してからちょうど一日で死ぬ毒なんだろう?」
「そう言ってたな……」
何かしらに引っ掛かっている様子の殿下を安心させるために、もう一度異能対策の詳細を説明する。
「サミュエルが王城でニルの指示に従い、拘束された状態で服毒すれば毒の効き目に多少の誤差があったとしても問題ない。毒死したサミュエルは時を遡っても服毒後の拘束された状態で、毒に苦しみながら死ぬ日々を永遠に繰り返す羽目に――」
顔をひきつらせた殿下が無意識に体を震わせて腕を摩り始めたのを見て、途中で発言を止める。
「えげつないな……この方法をサミュエルの異能対策として提案された時、お前が仲間でよかったと心から思ったぞ」
――そうあからさまに引かれると、流石に傷付くんだが……
「――――――!!」
セイジの断末魔の様な雄叫びを合図に会話を切り上げ、殿下と横並びになりながら再び祭壇の方を警戒する。
カズマを浄化するためにラベリーニ枢機卿が放った聖属性の魔法の余波に当たったのか、セイジはあっけなく浄化されその場で崩れ落ちてしまった。
――余波だけで屍人を瞬時に浄化させる聖属性魔法の直撃を受けているのに、少し動きが鈍った程度とは……
カズマの変貌の理由が、生きたまま呪力を注がれたからなのか魂を明け渡す意思を持って呪力を受け入れたからなのかは分からない。いずれにせよ、自分のしてしまった事に後悔を感じざるを得ない。
「……デミトリ、私も話は聞いてた……思う所があるのは分かるが、カズマとの約束を守るならまずは目の前の敵を倒す事だけに集中しろ」
「すまない……もう大丈夫だ」
「グローリアの説明通りならガブリエルは一度に一人ずつしか異能で加護を封じ込められない! 二人でカズマを援護して一気に畳みかけるぞ!」
殿下の指示に従い、水球と光球の雨をラベリーニ枢機卿に向けて二人で放つ。それまではガブリエルが枢機卿を守りながら、枢機卿の魔法で動きの鈍ったカズマを押し留めていたが俺達の援護で均衡が崩れた。
ガブリエルが魔法を防ごうと祭壇の前に土壁を生成した直後、その隙を突いてカズマがガブリエルの頭部を乱暴に掴み聖堂の床に全力で叩きつけた。血肉のつぶれる嫌な音と共に、魔力の供給を失った土壁が崩れ去って行く。
「……いい加減にしなさい!!」
ラベリーニ枢機卿が叫びをあげるのと同時に強烈な魔力の揺らぎに聖堂が満たされる。己の全ての魔力を注ぎ込んだとしか思えないほど強力な浄化魔法がカズマに向けて放たれ、ようやく彼の動きが止まった。
カズマを包み込んでいた漆黒の呪力が晴れて行き、体中に痛々しい風穴を開けられたカズマの姿が露になる。
「カズマ!」
魔力が枯渇して祭壇の裏に倒れ込んだラベリーニ枢機卿を見届けてから、ゆっくりとカズマがこちらに振り返った。土気色に変色した彼の体が、四肢の先から徐々に崩壊していく。
「ふた、り……た、の……んだ……」
「任せろ……!」
「アルフォンソ・ヴィーダの名において、デミトリがお前と交わした約束が果たされるのを必ず見届ける事を宣言する! だから……安心して眠ってくれ」
ほんの一瞬、今まで見た事のない程穏やかな笑みを浮かべたカズマはそのまま完全に消滅してしまった。祭壇の前には、もう彼の装備一式しか残っていない。
「片を付けるぞ……!」
「……ああ!」
決意を新たに祭壇に向けて歩みを進めて行くと、祭壇の裏からあの聖杯を握り締めた枢機卿が這い出てきた。魔力の揺らぎは感じないが、悍ましい死の気配を察知して殿下の腕を掴み彼を引き留めた。
「……教会に仇を成すクズ共が!!」
「随分と余裕が無いな、ラベリーニ枢機卿」
殿下を睨みながら枢機卿が祭壇を掴み、満身創痍の体を無理やり引きずり上げた。壇上で再び俺達を見下ろす立場になれたからか、途端に不気味な程上機嫌になった。
「……私に従えば王城の被害を最小限に抑えられたのに……愚かですねぇ――」
「愚かなのはガナディア出身の勇者に魔王を倒されてしまったら、光神教の求心力が落ちてしまうのではないかと危惧してこんな杜撰な計画を実行したお前だ」
余裕を取り戻したばかりなのにも関わらず、殿下の発言を聞いて枢機卿がすぐに眉を顰める。
「……分かっていないようですねぇ、アルフォンソ殿下? 今頃王城は――」
「クベロ侯爵家とシャペンティエ伯爵家を筆頭とした開戦派の軍に攻められているんだろ?」
ラベリーニ枢機卿は計画を言い当てられたことが信じられないと言った様子で困惑を露にする。彼の反応を見て、内心グローリアの予言通りだったことにかなり安堵する。
――開戦派の動きは物語通りみたいだな……先手を打てたから王国軍と王家の影の戦いは順調に進んでいるはずだ。
「……は? なぜそれを――」
「気づかないとでも思っていたのか? それともそれほどまでに勇者召喚の件で追い詰められていたのか? お前たちの計画は筒抜けだ。今頃反逆者たちの制圧も完了しているだろう。お前の負けだ、ラベリーニ枢機卿」
「……嘘だ!!」