「察しが良いわね? そうよ。わざと封印されてたの……生まれた時から加護や異能、祝福や神の寵愛を授かっているのかどうかで人生が決まるのってなんだか面白味が無いと思わない?」
自分の生い立ちとグラードフ領を出るまでの人生を思い返すと、悪神の言っている事を否定できない。
「そうだな……」
「分かってくれるんだ? 他に力を手に入れる方法があったらどんな面白い事が起こるのかを期待して封印されてたんだけど……下らない使い方ばかりされて飽きちゃった」
ぞっとするほど冷たい声色で「飽きた」と言ったのはヴィーダ王国を滅ぼした物語の分岐を踏まえると、恐らく教会の事だけではなく人類全体に向けた発言だろう。
「……刺激を求めて滅ぼされるのは困るんだが」
「あら? なんで私が考えている事が分かるのかしら?」
――しまった……!
「思考は読まれてなさそうだけど、どこそこの神に神託でも与えられたのかしら? ちょっと確認させてもらうわね」
悪神の瞳が一瞬眩く光り、暴かれてはいけない心の奥底まで見透かされてしまったような嫌悪感に襲われる。
正体不明の気持ち悪さに狼狽えていると、悪神が恍惚とした表情を浮かべながら恐ろしいほど美しい顔をこちらに近づけて来た。
「私に臆せず話せてる時点でちょっと面白かったけど……デミトリ、君って実は相当面白いわね? せっかくだし私に君の魂をくれない?」
「……!? 断る……大体、何がどうせっかくなのか分からないんだが……」
「ふふ、あのおバカさんが始めた儀式は手順を失敗したけどまだ有効なの」
悪神が聖杯を片手で持ちながらもう片方の手で指差した。
「君が代わりに儀式を進めなかったら……儀式が不完全な形で終わった罰として私はヴィーダ王国を滅ぼしちゃうかもしれないわ」
悪神の指の先から黒い稲妻が迸り、聖杯が粉々に砕け散った。
「でも、君が代わりに儀式を完遂させるならヴィーダ王国を滅ぼさないであげる。魂を貰う代わりになんでも願いを叶えてあげるから、君にとっては一石二鳥じゃないかしら?」
――そう言う事か……
神を相手に物語のデミトリがどう切り抜けたのか分からなかったが、儀式を利用して取引をしたのであれば辻褄が合う。
――グローリアはメリーバッドエンドと言っていたが……魂を失ったのであればエンディング後のデミトリは……
深く語られていなかっただけであれはもうデミトリではなかったのかもしれない。
――俺にとっては最悪だが、グローリアの言っていた様に物語の続編に繋げるための伏線としては打ってつけなのかもしれないな……
「……なんでも願いを叶えてくれると言ったな?」
「そういう契約よ。その対価として君の魂を貰うんだから」
「……もしも願いを叶えられなかったら?」
黄金の瞳を怪しく光らせながら、悪神が手を顎に当てながら笑う。
「ふふ、何を考えてるのかしら? そうね、魂を奪うなってお願いは叶えてあげられないけどそれ以外ならなんでも叶えてあげるわ。叶えられなかったら魂は奪わないし、その時点で儀式は無効になるからヴィーダ王国も滅ぼさないでおこうかしら」
当たり前だが悪神は俺が魂を失いたくない事もヴィーダ王国が滅んでしまうのを阻止したいのも分かっている。その上で儀式を無効にする方法を提示したのは、わざと俺が「叶えられない願い」を考えるように誘導されている気がしてならない。
――儀式を進めたくはないが、断ったらヴィーダ王国と共に滅ぼされる未来しか待っていないだろうな……上手く乗せられているのが気掛かりだが、何とか儀式を無効にできる叶えられない願いを考えなければ……!
蠱惑的な笑みを浮かべているが、鋭い眼光でこちらをじっと見つめる悪神を相手に少しでも回答を間違えたらただでは済まされないだろう。
「考えてくれてるって事は儀式を進めるのね?」
「……ああ」
「それじゃあ三秒以内に願いを言わないと儀式が失敗するから気を付けてね? 三、二――」
――クソ、一か八かやってみるしかない……!
「俺の願いは、お前が俺の願いを叶えないことだ!」
一瞬目を見開いた悪神が、満足そうに頷きながらこちらに近づいてくる。
「私を出し抜こうとするなんて……悪い子ね?」
前に屈みながら両手を背中に回し、悪戯っぽい表情を浮かべてこちらを見上げてくる悪神の姿に違う意味で心臓が止まりそうだ。片手で人を消せる存在に心を見透かされている様な気がして体が震える。
「……魂を奪うなと言う願い以外だったら、なんでも叶えてくれるんだろう?」
「確かにそう言ったわ。今までも何人か契約の抜け穴を突いて、叶えられないお願いをしようとして失敗した子は居たけど――」
背筋を伸ばした悪神が、クスクスと笑いながら優しく両手で俺の顔を包む。言外に過去に同じような事をして魂を奪われた者が居たのだと言われ、体が硬直してしまいされるがままだ。
「――願いを叶えようとした時点で願いが叶わなくなるお願いをしたのは君が初めて。しかも『願いを叶える』ために『何も願いを叶えない』事を私が選んだら、結果的に『願いを叶えてしまった』ことになって『願いを叶えられなくなる』保険まで掛けちゃって……」
息を呑みながら悪神の次の言葉を待つ。笑ってはいるが、実は激高しているのではないかと内心気が気じゃない。
「凄く良いわ。なんて面白くて悪い子なの?」
「っ……! 約束通り、魂を奪わないで……ヴィーダ王国も滅ぼさないんだな?」
「面白かったから良いわよ? 約束してあげる」
――良かった……
「と言う訳でこれからよろしくね? デミトリ」
「……!? どういう――」
「私の初めての愛し子は君に決めた。一緒に悪い事をしましょう?」