「……変身!!」
試しに叫んでみたものの何も起こらなかった。
――本当にラスを連れて行かれてしまったのか……
「……」
「デミトリ……」
相手は神だ。トリスティシアの愛し子になったため一応友好関係にあると言っても良いのかもしれないが、超常の存在を相手にしているのには変わりない。己の無力さを再確認し深いため息を吐く。
「さっきの光は?」
「……心配を掛けてすまない。俺が身に纏う鎧……ラスは鍛冶神が作り出した神器だ。あの光がラスの本体だ」
――ラスが大丈夫なのか気掛かりだが、トリスティシアは鍛冶神の元に連れて行くと言っていた。今は彼女の言葉を信じるしかないな……
「体は大丈夫なのか?」
「ああ……悩んでも事態は好転しない。とにかく王城に急ごう……」
「これだけ巻き込んでおいて今更だが、あまり無理はするなよデミトリ」
殿下の言葉に頷き、互いに装備を確認する。殿下よりも一足早く確認を終え、ガブリエル達の死体と装備品を回収していく。
「……デミトリ、異能を持たない聖騎士達はまだ扉の先にいると思うか?」
「物語の都合でラベリーニ枢機卿達との戦闘が終わった後、聖騎士達が待ち構えているという展開にならないのはあり得るが……実際どうだろうな」
「少なくともサミュエルが去り大聖堂の扉が開かれた際は誰もいない様に見えたが……」
聖騎士達が仕えるラベリーニ枢機卿が戦っていたのに加勢もせず、任されていたであろう持ち場を離れてしまうのはあまりにも現実的ではない。
殿下と顔を見合わせて、無言でガブリエルとイニゴの死体を収納鞄から放り出し呪力の籠った魔力で包み込む。
「物語で描かれていなかっただけで戦闘が発生していたと考えた方が良さそうだな」
「そうだな……トリスティシアの言っていた様に物語は確実な物じゃない。王城まで気を引き締めるぞ」
「了解した。先陣はモータル・シェイド達に任せて、殿下は俺の傍を離れないでくれ」
――――――――
「久しぶりね、フラーガ」
「トリス……!?」
突然声を掛けられ鍛えていた神器から目を上げると、隣には久しく会っていなかった友人が立っていた。夕闇を切り取ったようなドレスを靡かせながら、トリスが屈んで私と目線を合わせる。
「返品対応をして欲しいんだけど」
「急に何を……」
トリスが差し出した拳の中には、強く握りしめられ変形してしまった私の神器がいた。
「ラス!?」
「この子のせいで私の愛し子が凄く悲しい目にあったの」
「トリスに愛し子……!? それより大丈夫、ラス!?」
「フラ、ガ……さ、ま……」
弱弱しい声でラスが返事をした直後、握りしめていた手を開いたトリスから奪うようにラスを保護する。
「あら、強く握り過ぎたかしら」
「なんてことをするの!」
「それはこっちの台詞よ? 私の愛し子と契約したいからって、前の主人の寿命を奪って勝手に私の愛し子と契約を結び直したのよ?」
「……なんですって」
「痛――」
ラスのやった事を聞き一瞬視界が真っ赤に染まりかけたものの、手の中で保護していたラスの声を聞きギリギリのところで踏み止まる。
「ラス……トリスが言った事は本当なの……?」
「だって……」
「……カズマはどうしたの……?」
「約束を、破ったから……」
――私の作った神器が主人を裏切った……?
あまりの怒りに感情が無に帰す。ぼーっとした私を見かねたのか、トリスが何が起こったのかを補足し始めた。
「『最高の冒険者になる』って約束だったかしら? ちょっとやんちゃして冒険者証を剥奪されたけど、冒険者ギルドに所属しなくても最高の冒険者になる方法なんていくらでもあると思うけど」
「あんな奴が更生するわけ――」
「してたじゃない。そう言う決めつけは好きじゃないわ……彼が命を懸けて私の愛し子に守って欲しいってお願いした仲間も彼の事を諦めてなかったのに。酷いと思わない、フラーガ?」
「違うの―― フラーガ様、待っ――」
何も言わず立ち上がり、感情が再び爆発してしまう前にラスを仕舞う。
「文字通り鍛え直してあげた方が良いんじゃないかしら? お仕置きだけじゃなくて……私の愛し子は気づいてなかったけど、無理やり契約を結び直したせいで顕現できない位弱ってたわよ」
――そう言われてみると……
気が動転して気づくのに遅れちゃったけど、いくらトリスとは言え私が鍛えたラスを簡単に変形させられるはずがない。
――また悪ぶって……怒ってるのは怒ってるだろうけど、ラスが壊れる前に私に届けてくれたのね。
「責任を持ってちゃんと鍛え直すわ……その、カズマは……?」
「直接見てたわけじゃないけど……立派な最期だったと思うわ」
「そう……それが聞けただけ良かった……」
――向こう見ずで直情型だけど仲間思いの熱い子だった。ラスが上手く成長を促して導いてくれると思っていたけれど、見込みが甘かったみたい……
カズマに期待して転移の候補として選んだのは自分だ。私の神器のせいで、一人の少年の人生をめちゃくちゃにしてしまった事に心が痛む。
「……このあとムエルに何とかしてあげられないか聞きに行こうと思ってるんだけど、一緒に来ない?」
「私達がそこまで干渉するのは……」
「いちいちそういう決まりに縛られてたら悪神なんてやってられないわ。それにディアガーナが何か文句を言ってきても……ふふ」
何か秘策があるのか、悪い笑みを浮かべた友人の顔を見て沈んでいた気持ちが徐々に浮上していく。
――トリスがこんなに活き活きしてるのを見たのはいつぶりだろう?
「なんだか楽しそうね? トリス」
「私の愛し子……デミトリって言うんだけどね? 物凄く面白いの」
何もかもがつまらないと塞ぎ込んでしまい、長らく会えていなかった友人の花開くような笑みを見て安心するのと同時に、一縷の不安が心に宿る。
――トリスが面白いと思うって……そのデミトリって子大丈夫かな……?