「犯罪奴隷になっていたはずのカズマがルッツ大聖堂に居た」
「……何だと!?」
「ラベリーニ枢機卿がカズマの仲間だったリアとアレクシアを害すると脅して、無理やりカズマを従えていた。俺も何故犯罪奴隷になっていたはずの彼が教会に居たのか疑問に思ったが、枢機卿はアルケイド公爵が『手配した』と言っていた」
ニルの顔が険しくなっていく。アルケイド公爵が犯罪奴隷を教会に融通していたと言う事は、俺には全容が見えないがかなりの人間が関わっているのは想像に難しくない。
「カズマだけでなく、ニルなら把握していると思うが俺と関わってから犯罪奴隷に堕ちた元冒険者のセイジと言う男も枢機卿の配下に加わっていた」
「犯罪奴隷の違法な譲渡……下手すると教会以外の組織とも取引をしていた可能性があるな……」
――問題の根は深いだろうな……
王国が管理するはずの犯罪奴隷の違法な取引を隠蔽していた貴族や役人、兵士だけが問題じゃない。違法奴隷の取引を行っていた相手や組織が未知数だ。
――今回の件とは関係なく、賄賂を受け取ったアルケイド公爵が凶悪な犯罪者を秘密裏に逃がしていた可能性すらある。ニルとしてはそちらの方が心配だろうが……
「……色々と厄介な事案なのは分かっている。その上で、直接関係していなくて本当に申し訳ないんだが……可能であればメリシアにいるニルの部下に、リアとアレクシアの安否の確認をお願いできないか?」
「二人に危険が迫っているのかもしれないのか……」
開戦派閥の問題に終止符を打つために総力を上げなければならないであろうこのタイミングで、こんなお願いをするのは非常識だと捉えられても仕方がない。
「枢機卿の口ぶりからまだ手を出していないみたいだったが、あの男の薄っぺらな言葉は信用できない。これから大変になるのに、個人的な願いで本当に申し訳無い……」
「ニル。デミトリはカズマに二人を守ると約束し、カズマは枢機卿に脅されているにも関わらず命を賭して我々に加勢してくれた」
「殿下!」
いつの間にかグローリアの元を離れ、待機していた俺達の傍に寄っていた殿下がニルに語り掛ける。
「二人の約束は私が必ず見届けるとこの名に誓った。カズマの仲間を保護しなければ王家の名に泥を塗る事になる」
「速やかに手を回します。御前を後にしても……」
「構わない。開戦派の残党処理を含めこれからいろいろとごたつくが、ニルはその件を優先して進めてくれ」
「承知致しました」
ニルがニカっと笑い、こちらに目配せをしてから王城へと走り去って行った。
「俺が交わした約束なのにニルを動かしてもらってすまない……」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ」
溜息を吐きながらやれやれと言わんばかりの表情を浮かべ殿下が首を振る。
「あの場でデミトリと一緒にカズマの最期を見届けたのに、彼の仲間の事を気に掛けなかったら人としておかしいだろ?」
――さも当たり前の事の様に言っているが……
殿下の立場上、人情よりも王国の利を優先して動く事が求められる。それでもカズマとの約束を守るために王家の影を動かしてくれたのには感謝しかない。
「……そうだな。ありがとう、アルフォンソ殿下」
「気にするな。まだ完全に決着は着いていないが……私からも礼を言う。デミトリ、私と私の最愛を助けてくれてありがとう」
――――――――
「デミトリ……!?」
「無事で良かった……!」
迎賓館の客室に戻り、扉を開けた瞬間目に入ったヴァネッサを衝動的に抱擁する。急な行動に驚いた様子だったが、ヴァネッサも抱擁を返してくれた。
――仲間は……大切にしないといけない。
今まで何度も人の死を目の当たりにしてきたが、慣れることは一生ないだろう。悪人やこちらの命を狙って来た敵ならまだ割り切る事が出来るが、死ぬべきではないと思った者の死は一つ一つ魂に刻まれている。
――アルノー……ユーセフ、そしてカズマ……この世界では常に理不尽な死と隣りあわせだ。ちゃんと守らなければ……
「大丈夫?」
「……ああ。すまない、着替えるべきだった」
「そんな事気にしないよ、それよりこれ返り血だよね!? 怪我は――」
「高級ポーションを飲んだから大丈夫だ」
服が血に汚れボロボロになっていた事に気付いたヴァネッサが慌て出したので、安心させようとしたが逆効果だったようだ。
「……それって高級ポーションを飲まないといけない位無茶したってことだよね?」
「……それを言ったら、ヴァネッサも一日に二度も魔力枯渇症で倒れる位無理をしただろう?」
「それは……そうだね。お互いに言いっこなしにしよう」
ヴァネッサを離すと、大分乾いていたものの彼女の寝巻に俺の服に付いていた血が移ってしまっていた。
――殿下の様には決まらないな。
「私の事は良いから、デミトリはシャワーを浴びて着替えて?」
「そうする。その後諸々共有させてくれ」
「うん」