「結論から言ってしまうと愛し子になったからと言って特別な加護を授けられるわけじゃないわ」
「……ルッツ大聖堂で俺に加護を授けた時、確か『愛し子の加護』と言っていなかったか?」
「加護を授けるのに加えて繋がりを作る事を総じて『愛し子の加護』と呼ぶの」
――繋がり……?
「魂に印を付けるって言った方が分かりやすいかしら? いくら神でも神界から特定の人を見つけるのはちょっと面倒だから印を付けて見つけやすくするの」
「それって……私も月神と繋がってるって事ですか?」
「そうなるわね」
月神の愛し子だと判明したヴァネッサと顔を見合わせる。
――見つけやすくしていると言う事は……
「愛し子は常に神に観察されてるのか……?」
「神界から愛し子の動向を常に追ってる神もいれば、全く愛し子に干渉しない神もいるわよ?」
「わざわざ愛し子にしたのにか?」
干渉するつもりがないなら、愛し子にする必要性があまり感じられない。
「気に入っているからこそ過干渉を嫌う神もいるの。そういう神は愛し子が自分なりに人生を謳歌するのを期待して、愛し子の加護を授けた後は一切干渉しないわ。印は愛し子を探す為じゃなくて、他の神が勝手に愛し子にしないために付けてるだけ」
「神様によって全然違うんですね……」
「厄介な神の愛し子になると大変よ? 四六時中監視されて『導く』ために直接語り掛けてくるから」
俺の方を見ながら悪戯っぽく微笑むトリスティシアの意図は分からないが、彼女がその「厄介な神」でないと切に願う。
「あの……月神は、どうなんですか……?」
トリスティシアが足を組み、少しだけ考えてから口を開いた。
「……ミネアは過干渉を嫌うけど悪趣味な覗き屋だから、今も見てるんじゃないかしら?」
「誰が悪趣味な覗き屋だって!?」
「「!?」」
眩い光と共に、突如として白いヴェールで顔を隠した女性がヴァネッサの横に現れた。
初雪を彷彿とさせる純白のドレスを着た淑女然とした姿に似合わぬ乱暴な口調で、白銀の髪を波打たせ鬼気迫る剣幕でトリスティシアに怒鳴る。
「ヴァネッサ、こんな奴の言う事聞いちゃだめだから!」
「周囲を狂わせるのを加護のせいだと誤解させて、授けた神呪について説明しなかったミネアが言える台詞じゃないわね」
「え……」
ヴァネッサが両手を胸の前できつく握りしめながら、月神だと思われる存在を凝視した。
「ミネア、あなた神呪の解き方も説明してないでしょ?」
「あのさー、私には私なりの愛し子との向き合い方があるの。トリスに好き勝手言われる筋合いはないんだけど?」
「周りを……狂わせなく出来るんですか……?」
期待と諦め、相反する感情が綯い交ぜになった様な小さな声でヴァネッサが月神に問いかける。
「っ!? ヴァネッサ、落ち着いて聞いて。その神呪は必要なの」
「なんで……!」
――あんな呪い、百害あって一利ないだろう……
ヴァネッサの過去を知っているからこそ月神の言葉に苛立ちが募る。
「今回の騒動、あのグローリアって子の知ってる物語の登場人物だったからデミトリは協力を求められたけど、ヴァネッサは違うでしょ?」
「それは……」
やや早口になりながら、月神が視線を合わせるために屈み必死にヴァネッサを宥めようとする。
「デミトリと一緒に王家の影になれたのも、王家の影になって間もないヴァネッサがヴィーダ王を説得して開戦派の制圧に参加できたのも、デミトリの傍に居て誰も疑問に思わないのも全部神呪があったから。分かるよね?」
「私に……都合よく……!」
「今は理解できないかもしれないけどヴァネッサを守るために神呪は必要なの。万が一解けちゃったらデミトリだって――」
「黙りなさい、ミネア」
好き勝手に言う月神に反論しようとした瞬間トリスティシアがソファから立ち上がり、屈んだ月神を見下ろすように冷たい声で制した。
トリスティシアを睨みながら立ち上がった月神の横で、先程月神が何を言いかけたのか気づいた様子のヴァネッサが青ざめて行く。
――一体何を――
「覗き屋は覗き屋らしく、帰って遠くから観察してた方が良いんじゃないかしら?」
「へー、つい最近までうじうじと封印ごっこしてた癖に威勢がいいじゃん?」
ルッツ大聖堂でトリスティシアと対峙した時と同質の威圧感が月神から放たれ、反射的にヴァネッサの傍による。
「あら、そんなに神力を放っちゃって良かったの?」
「ちっ……! トリス、これ以上余計な事言ったら……分かるよね? ヴァネッサ、私はヴァネッサの為を思ってるから! トリスに惑わされちゃだ――」
発言を終えることなく、月神が出現した時と同じ眩い光に包まれて忽然と姿を消した。溜息を吐きながら再びソファに腰を掛け、沈黙する俺とヴァネッサに語り掛けてきた。
「……あの様子だとまた来そうだけど、しばらくは大丈夫なはずよ」
「急に消えたのは……」
「神にも色々と決まりがあるの。好き勝手に現れたら人の営みがめちゃくちゃになるでしょ? 神力を放ちすぎて強制的に帰らされたって事は正規の手順で来たんじゃないかしら?」
神を前にして許されない不遜かもしれないが、話半分にトリスティシアの説明を聞きながら過呼吸になりそうなヴァネッサの肩に手を置く。
「ヴァネッサ……大丈夫か?」
「デミ、トリ、私……」
トリスティシアが突然指を鳴らし、ヴァネッサが脱力しながらこちらにもたれ掛かってくる。
「何を――」
「ちょっと眠って貰っただけよ」
ヴァネッサが規則的な寝息を立てながら眠っているのを確認し安堵する。トリスティシアの言っていた通り、あのままでは久しく起こしていなかった魔力暴走を起こしかねない位ヴァネッサは不安定だった。
「すまない……ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」