「ヴァネッサちゃんが寝ちゃったから、加護と神呪の説明はまた後でいいかしら?」
「そうしてくれると助かる……一緒に教えてくれた方が良いと思う」
「決まりね。ミネアのせいで暗い雰囲気になっちゃったから、少し明るい話題に移ろうかしら」
トリスティシアの提案とは裏腹に、切り出された話題はとてもではないが明るいと言えるものではなかった。
「カズマの事、責任を感じてない?」
「それは……」
俺と関わってさえいなければ、死ぬ間際ではなくどこかで道を正してくれたかもしれないと考えなかったわけではない。
――いつになるか分からないが、メリシアでリアとアレクシアと再会した時になんと言葉を掛けるべきか悩んでいる。彼の最期は生涯忘れないだろう……
「死神に頼んでみたんだけど、カズマを生き返らせてあげるのは無理だったわ。力になれなくてごめんね?」
「!? わざわざ掛け合ってくれたのか?」
「だって、気にしてたでしょ?」
さも当然の行いをしたまでと言わんばかりのトリスティシアの態度と謝罪の言葉は、出会い頭に俺の魂を奪おうとしたのと同じ神の物だとは思えない。
――何か裏があるのか……?
それとも俺がトリスティシアの愛し子になったからだろうか。不可解な行動は多かったが、話を聞いた限り俺が愛し子になって以降のトリスティシアの行動は、一貫して俺の為を思って動いてくれているように見える。
「生き返らせてあげるのは無理だったけど、来世はかなり優遇してもらえるように言い聞かせておいたから安心して」
「……! ありがとう……」
――まだカズマの死を割り切れる程整理は付いていないが……せめて次の生では幸せになって欲しいと思う。トリスティシアの配慮で死神がそれに承諾してくれたのであればせめてもの救いだ。
「フラーガも感謝してたわよ、ラスを失ったカズマの最期を看取ってくれてありがとうって」
「フラーガ……鍛冶神か……!」
色々と起こりすぎてラスの行方について確認する事を失念していたことに気付く。
「ラスは――」
「フラーガに預けたわ……無理やりデミトリと契約を結び直したからかなり弱ってたみたいよ?」
「……そうか」
それ以上何も言えなかった。
トリスティシアを信じてみたい気持ちと警戒する心がせめぎ合う。
月神は「ヴァネッサの為」を思って行動したと言っていた。トリスティシアも、愛し子である俺を思って行動していると考えるのが自然だが確証を持てない。
――……悩んでいても埒が明かないな。
「ティシアちゃん」
「なーに?」
「その……単刀直入に聞くが、色々と良くしてくれるのは俺がティシアちゃんの愛し子だからか?」
俺の質問に笑みを深めたトリスティシアは、揶揄う様に首を傾げる。
「ふふ、さあ? どうかしら?」
「……違うのか?」
「そうとは言ってないわ」
――そうとも言っていないな……
今まではどんな質問にも答えてくれていたのに、急に突き放すようなトリスティシアの回答を一旦呑みこむ。
――トリスティシアの回答がなんであれ俺の考えは変わらない。
「これから言う事は、ティシアちゃんが片手でヴィーダ王国を滅ぼせるであろう力を持った神である事とは関係ない」
「あら、随分と評価してくれてるのね?」
「別にそんな力がなくても俺の考えは変わらないと言いたいだけだ……とにかく! 俺はティシアちゃんが悪神だろうと知った事ではない」
トリスティシアがニマニマとしながら、絹の様な髪をクルクルと指先で遊ばせ俺の言葉を待つ。
「ヴァネッサを気遣い、カズマを救ってくれようと動いてくれた相手に対して疑念を抱いたまま接するのは正直気持ちが悪い。短い付き合いですぐに完全に信用するのは無理だが……これから努力する」
「ふふ、本当に信用しても良いの? 私が言っている事が本当かどうか分からないのに」
試すような発言をするトリスティシアに対して首を横に振る。
「……身の程知らずと思うかもしれないが、俺は神々に対する信仰など皆無な上極力関わりたくないと思っている。騙されている可能性も勿論あると思っているが……可能性に振り回されて自分の為に行動してくれた相手を軽んじるような恩知らずにはなりたくない」
「だとしても、わざわざ私に言う必要はなかったんじゃないかしら?」
「ちゃんと話さないと気持ちは伝わらないと最近痛感したからな……ティシアちゃんも何か気になる事があったら遠慮せずに言ってくれ」
「ふ、ふふ……」
堪え切れなくなった様子で、トリスティシアが声を殺して笑う。
「真面目な話なんだが……」
「大真面目に私を気遣って……ふふ」
ひとしきり笑ったトリスティシアが、満足そうにソファにもたれ掛かった。
「はー面白かった。私の事を疑うならまだしも、信じたいと言ってくれた人はデミトリが初めてよ?」
「……早速その気持ちが萎え始めているんだが」
「ふふ、拗ねる男の子はモテないわよ?」
「デミトリ殿! ちょっと良いか?」
扉の外でイヴァンが俺を呼ぶ声が聞こえる。
「ヴァネッサちゃんは私が看ててあげるから行っていいわよ」
「……何から何まですまない……少しだけ待ってくれ!」
扉に向かって返事をしてから、トリスティシアに向き直る。
「ティシアちゃんは……神界に戻らないのか?」
「あら、もう私の事を追い返したいの?」
「ちが――」
否定しようとした直後、悲しい表情をしていたトリスティシアがクスクスと笑っているのに気づき揶揄われたのだと気づく。
「私が急に居なくなって、ヴァネッサちゃんが一人になるのが心配なのよね?」
「分かっているなら揶揄わないでくれ……」
「ふふ、それは約束できないわ」
――トリスティシアの悪戯好きには今後も悩まされそうだな……
「……それで、問題ないのか?」
「問題ないわ。私はそういう決まりに従わない悪い神だから」
――……それはそれで大問題じゃないのか……?