――何かの間違いでグラードフ家の人間が使節団に加わっていれば、俺がストラーク大森林を生きて抜けられたはずがないと言い出して生存確認のために接触してきそうだが……
「表向きは『外交関係の修復』が目的だと耳障りの言い言葉で取り繕ってるが……実際どんな思惑があるのか分からない」
アルフォンソ殿下が腕を組みながら考え込む。
「……奴らがその気なら『ヴィーダ王国がグラードフ辺境伯家の人間を拉致した』と強弁して、身柄の返還に応じなければこちらに不利な条件で国交を求める可能性も考えられる」
「その時は俺の身柄の返還に応じてくれ。自分の事は何とかする……ヴァネッサと、リアとアレクシアさえ保護して貰えれば――」
「馬鹿な事を言うな! グローリアの件で気づかされたが、私はもう大切なものを失うはめになる様な愚かな真似はしない! 徹底的に抗った上で国も守って見せる」
「殿下……!」
思えば敵うはずがない事を理解していたのにも関わらず、殿下はトリスティシアに立ち向かってまで俺の安否を確認してくれた。
――アルフォンソ殿下は俺を守るべき仲間として認識してくれているのに……
「すまない。軽率だった」
「……とにかく! デミトリを取り巻く問題はそれだけじゃない」
「他にも問題があるのか……」
色々と特殊な境遇だと言う認識は当然持っているが、外交問題の種を複数抱えている事実に我ながら呆れてしまう。
「必ずそうなるとは限らないが、使節団は『異教との融和』という建前で教会の人間が帯同する事が多い。そして帯同するのは高位の神官である可能性が高い」
「高位の神官か……」
「問題は高位の聖職者には呪いや加護を看破する能力を持った者が多い事だ」
殿下の説明を聞き、神呪について教えてくれたドルミル村のジュリアンの事を思い出す。
「今回の騒動が原因で、ヴィーダ王国内で光神教の求心力が低下する可能性が高いのは分かるな?」
「それは……枢機卿の悪事が民に知れ渡ったら避けられないだろうな」
何度目か分からないため息を吐きながら殿下が遠くを見つめる。
「これから議会で議論される予定だが、私は今回の件は情報統制を行うべきじゃないと考えてる」
「……混乱を招く結果になってしまってもか?」
「王国軍が開戦派の兵を鎮圧したことは既に王都中で噂になってる。そしてこれから筆頭公爵家であるアルケイド公爵家を含む多くの貴族が裁かれる……秘密裏に処理できる段階はとうに過ぎてしまった」
アルフォンソ殿下の言う通り、どれか一つだけでも大問題なのにこれだけの規模の事件について情報を規制するのは不可能に近いだろう。
「裁かれる貴族が管理する領地、そこに住む領民に何も説明しない訳にも行かない。事実を公表する事で民が混乱してしまう事や、貴族だけでなく王家に対して不信が募るのはもう免れない」
「それでも事実を公表するのが最善だと考えたのか……」
「変に隠蔽するよりも、全てを明るみに出して膿を出し切った方が長期的に見てヴィーダ王国の為になるはずだ。そのため今回の騒動への教会の関与も公表する予定だ」
疲れ切った表情をしているが殿下の声には決意が漲っていた。どれだけ険しい道であろうと、ヴィーダ王国を正しい道に導こうとする強い意志を感じる。
「……そうなると敬虔な信者ならまだしも、言い方が悪くなってしまうが……国教だからと取り敢えず光神教に入信していた民は教会に対する疑念を抱くだろうな」
「そんな折に数々の伝承で救世主と謳われた勇者の召喚に成功したガナディア王国の使節団が現れて、光神の加護を授かってる私の賓客であるデミトリが悪神の加護を授かっている事を命神教の神官が看破したら……どうなると思う?」
想像しただけで厄介な事になるのがまざまざと分かる。
――聞けば聞くほど、俺はヴィーダ王国に留まらない方が良さそうだな。
「諸々理解した。アムール王国に行く事に俺も賛成だ」
「不安を煽る様な事を言っておいて今更かもしれないが、あまり深く考える必要はない。デミトリとヴァネッサは散々大変な目に遭ってきただろ? ちょっとした旅行のつもりで楽しんでくれ」
「旅行か……」
「使節団がガナディア王国に帰り、ほとぼりが冷めた頃に帰国すれば良い」
――かなり迷惑を掛けているのにそんな気軽な気持ちで行けそうにもないが……
「……一応確認だが、亡命してからあまり日が経っていないのに国外に出ている事を怪しまれないか?」
「そこについては考えがある。私の弟のエリックがアムールに留学中だ」
――エリック……聞き覚えが……確かヴィーダ王がその名を言っていたな。
「一部の開戦派が私ではなくエリックに王位を継承させ、ガナディア王国侵略の旗頭にしようと企ててた。留学はついでで、色々と片付くまで国外に避難させていたと言った方が正しい……」
「そんな事まで企んでいたのか」
「表向きにはエリックがガナディア王国から亡命して来たデミトリに興味を持ち、見聞を広めるためにデミトリを招待したと言う事にするつもりだ」
――俺が国外に居ること自体怪しまれるのは防げないが、その理由であれば筋は通っているしガナディア側も深く追及するのは難しそうだな。
「俺が気にするべき事ではないかもしれないが、アムール王国側から俺の入国を拒否する可能性はないのか? 自分で言うのもなんだが俺はかなり厄介な存在だと思うんだが……」
「心配するな。アムール王国とヴィーダ王国は同盟国だ。加えてアムール王国の現王妃は私の母、ロレーナ王妃の姉だ」